一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

生命の起源

「原始自己複製体を進化させて生命起源の道筋に迫る」

■背景 約40億年前に生まれた原始生命は、現存する生命よりもずっと単純な分子の自己複製体であったと考えられています。様々な分子の自己複製体がありえますが、特に最初期ではRNA (Ribonucleic Acid) とよばれる核酸分子の自己複製体であった、もう少し後の時代には少数のRNAとタンパク質、細胞のような区画構造が組み合わさった自己複製体であった、などと考えられています。このような原始自己複製体が複雑な生命に向かって進化していく過程、すなわち生命起源の道筋をどうすれば理解できるでしょうか?



図1 原始自己複製体の実験進化。(A) 実験進化の原理と方法。まず自己複製体を複製させると、複製エラーにより突然変異体が生まれ、多様性が生じる。次に新しい栄養で希釈し、再び複製させると、複製能力の高い複製体が集団中で割合を増やす。この操作を何度も繰り返すと、徐々に集団全体が複製能力の高い変異体に置き換わっていく。(B) 想定される進化の例。複製能力の向上はわかりやすい例だが、それだけでは複雑化していかない。新たな情報をもつ複製体が生まれたり、それらが統合したりすることで、徐々に複雑化していくと考えられている。

■研究概要 ありえた生命起源の道筋を理解する方法の一つに、実際に分子で原始的な自己複製体を創り、それらを実験的に進化させることで、どのように複雑化していくかを直接観察することが挙げられます (図1)。私たちはこれまでに、分子の設計や合成生物学的な手法を組み合わせ、様々な原始自己複製体のモデルを創ってきました (例:文献1–4)。もしこれらのモデルを進化させられれば、ありえた生命の起源過程の一部を追体験できるはずです。実際に私たちは、単純なRNAの複製体が徐々に多様化して生態系のような複雑なシステムへと進化することや (文献2)、異なる情報をもつRNAが融合して情報が増えた自己複製体が生まれることを見出しています (文献4)。

■科学的・社会的意義 生命の起源という自然科学の根源的な問いに対して直接的な証拠を示すことで、社会の知的好奇心を大いに刺激します。また原始自己複製体の構築技術や進化技術は、核酸工学、タンパク質工学、進化分子工学、人工細胞などに関する技術開発にも繋がり、生物物理学の各分野へと波及します。

■参考文献 1)Mizuuchi, R., Ichihashi, N. (2020). Translation-coupled RNA replication and parasitic replicators in membrane-free compartments. Chemical Communications, 56, 13453–13456. https://doi.org/10.1039/D0CC06606K
2)Mizuuchi, R., Furubayashi, T., Ichihashi, N. (2022) Evolutionary transition from a single RNA replicator to a multiple replicator network. Nature Communications, 13, 1460. https://doi.org/10.1038/s41467-022-29113-x
3)Mizuuchi, R., Ichihashi, N. (2023) Minimal RNA self-reproduction discovered from a random pool of oligomers. Chemical Science, 14, 7656–7664. https://doi.org/10.1039/D3SC01940C
4)Ueda, K., Mizuuchi, R., Ichihashi, N. (2023) Emergence of linkage between cooperative RNA replicators encoding replication and metabolic enzymes through experimental evolution. PLOS Genetics, 19, e1010471. https://doi.org/10.1371/journal.pgen.1010471

■良く使用する材料・機器 1) 実験試薬(タカラバイオ株式会社、ナカライテスク株式会社など)
2) リアルタイムPCRシステム QuantStudio 3(Applied Biosystems)
3) 蛍光画像解析装置 FUSION-SOLO.6S.EDGE(Vilber Bio Imaging)
4) 共焦点レーザー走査型顕微鏡 FV3000(株式会社エビデント)
5) ショート・ロングリードシーケンサー(BGI Genomics、Pacific Biosciencesなど)

2024年分野別専門委員
早稲田大学・理工学術院
水内良 (みずうちりょう) https://mizuuchilab.w.waseda.jp/





 

「ありえた生命の「かたち」をつくることで生命の起源の謎に迫る」

■背景 子供のころ動物園に行き、また、図鑑や各種媒体をみることで、皆さんもこの地球上に存在する生物種の多様性を実感していると思います。一方、皆さんが先祖から受け継いだ遺伝子を濃く共有している兄弟や親戚といろいろな点で似ているということについて、時代を遡ると、ヒトとチンパンジーの共通祖先、さらに全ての動物の共通祖先、動物と植物の共通祖先、地球上の全ての細胞の共通祖先へとたどり着くことが出来そうです。実際、現在の生命には、多様性と同時に、DNAの塩基配列に記された遺伝情報からアミノ酸を連結してタンパク質を生産する、さらにその過程に20種類のアミノ酸を使用する普遍遺伝暗号表が介在する、などの共通性質が存在します。では、この地球が生まれて、生命が存在しないところからどのように細胞が生まれたのでしょうか?他の天体で「細胞」が生まれるとして、どのようなかたちの細胞、いや、生命のかたちになるのでしょうか?そもそも、現在の地球生命のかたちが誕生することは必然だったのでしょうか?

図1 現在の生命の普遍遺伝暗号表と、実験室で作られたアミノ酸の数が異なる遺伝暗号表。

図2 現際の生命の遺伝暗号と異なる祖先型の単純化暗号に対して、専用の遺伝子を作成できる。

■研究概要  生命の起源についての研究は、現在の生命たちの遺伝情報から遡るトップダウンアプローチ、および、生命がいないところからアミノ酸・核酸塩基、そしてタンパク質・RNAといった生体高分子が生まれるという過程を研究するボトムアップアプローチ、それぞれのアプローチに大別されてきました。この間には埋めきれないギャップが存在しますが、近年の合成生物学の進展により、生体高分子を組み合わせたシステムを創りだすことで、そのギャップが埋まりつつあります。
 私たちの研究室では、生命の起源における「ありえたかたち」を追求するため、現在のほとんどの地球生命に共通する普遍遺伝暗号とは異なり、アミノ酸の数が21になったり、19以下になった遺伝暗号表を作成してきました。さらに、それぞれの暗号表に対応した専用の遺伝子が存在することを示しました。これは、現在の地球生命の起源に至るまでに、遺伝暗号の共通性によって遺伝子を共有することができる生命集団が複数存在して、それぞれの集団の間で競争し、その結果勝ち残った集団が我々の共通祖先となったことを示唆しています。

■科学的・社会的意義 本研究は、生命の誕生からわたしたちに至った道のりを理解したい、という科学の根本的な疑問を追求するとともに、ありえた生命たちの姿を観ることで私たちの存在を相対化して考える材料を提供します。また、種々の生命システムを創り出せることは、これまでにない技術を提供することで、タンパク質工学にとどまらず、各種の生物工学の革新にも直結しています。

■参考文献 1)A Kawahara-Kobayashi, et al., D Kiga. “Simplification of the genetic code: restricted diversity of genetically encoded amino acids”, Nucleic Acids Research, 40(20):10576-84 (2012). featured article (top5% in the journal)
2)K Amikura, D Kiga. “The number of amino acids in a genetic code.” RSC Advances 3, 12512-12517 (2013).

■良く使用する材料・機器 1)実験試薬 (和光純薬工業株式会社
2)DNA合成、遺伝子合成(株式会社医学生物学研究所)

H26年度分野別専門委員
東京工業大学・総合理工学研究科/地球生命研究所
木賀大介 (きがだいすけ)
https://www.sb.dis.titech.ac.jp/