イオン透過

「生体膜におけるイオン選択的透過の謎に迫る」

■背景
私たちの細胞膜にはイオンチャネルと呼ばれるタンパク質が存在し、細胞膜を貫通する穴を作ることでイオンの通り道となっています。実はこの穴は単なる「穴」ではなく、真似しても到底作ることのできない「高効率フィルター」なのです。例えば、1分子のカリウムイオンチャネルはカリウムイオンを1秒間に1000万個以上のスピードで通すことができますが、カリウムイオンよりも少しだけ小さなナトリウムイオンはほとんど通しません。私たちの細胞膜に存在するたくさんのイオンチャネルにはこの様なイオン選択性があり、そのおかげで細胞内外のイオンバランスが維持され、時にこの「穴」が開閉することで様々な情報伝達信号が作られているのです(図1)。



図1.イオンチャネルタンパク質の構造と神経細胞での機能(電気信号発生)の例


■研究概要
それでは、イオンチャネルの高性能フィルターにはどのような仕組みがあるのでしょうか?膜電流測定という非常に感度の高い測定法を用いれば、イオンチャネルの機能とその変化を刻一刻と追跡することができます。わずか1分子のイオンチャネルを流れるイオンの流れ(=電流)も比較的容易に観測することが可能です(図2)。ここで観測される単一チャネル電流には、イオンチャネルのフィルター内をイオンが透過していく際に発せられる様々な情報が暗号のように組み込まれています。我々は、膜電位、イオン濃度、浸透圧など、イオンチャネル周囲の環境が単一チャネル電流へ及ぼす影響を手掛かりに、この暗号の解読を試みています。最近の成果の1つとして、チャネル内をイオンはランダムに通っているのではなく、水分子と交互に規則正しく1列に並んで通過していることを明らかにしました。実は、イオンの選択的透過機構には水分子が欠かせない存在だったのです(図3,文献1,3)。この現象の更なる理解に向け、数学的解析(文献2)や遺伝子工学的手法を組み合わせ、多面的にイオン透過を捉える試みを行っています。


図2.脂質平面膜法による単一チャネル電流測定



図3.イオンチャネル内のイオン選択的透過には水が欠かせない


■科学的・社会的意義
生体膜でのイオン選択的透過は、多くの生体反応の本質を担う重要な生理現象です。しかしそのメカニズムは、分子レベルでは意外なほど明らかになっていません。我々の研究を含めイオン透過に関する多くの研究は、この未解決の難問に対して様々な角度からアプローチする役割を担っています。また、イオンチャネルのイオン選択性喪失によって引き起こされる疾患も最近明らかになってきています。このような疾患の原因をより深く理解することは、治療法や薬の開発にも役立つ可能性があります

■参考文献
1)M. Iwamoto, S. Oiki (2011). "Counting ion and water molecules in a streaming file through the open-filter structure of the K channel" J.Neurosci. 31, 12180-12188.
2)S. Oiki, M. Iwamoto, T. Sumikama (2011). "Cycle flux algebra for ion and water flux through the KcsA channel single-file pore links microscopic trajectories and macroscopic observables" PLoS ONE 6: e16578.
3)老木成稔,安藤博之,久野みゆき,清水啓史,岩本真幸 (2008). “Kチャネルのイオン透過機構:新しい流動電位測定法により明らかになったイオン-水流束比” 生物物理48, 246-252.

■良く使用する材料・機器
1)単一チャネル電流測定装置 Axopatch 200B, Digidata 1440A(Molecular Devices)
2)倒立型顕微鏡 IX71(オリンパス
3)電動マニピュレータ MP-285(Sutter Instrument)
4)合成リン脂質(Avanti Polar Lipids)
5)実験試薬(ナカライテスク)


H24年度分野別専門委員
福井大学医学部・分子生理学
岩本真幸 (いわもとまさゆき)
https://seiri1.med.lab.u-fukui.ac.jp/ja