感覚情報処理

「環境情報を受け取り、生存に役立てるしくみ」

■背景
生物は環境からの情報(光、におい、味など)を受け取り、それを感覚として脳などで処理することにより行動(繁殖、栄養摂取など)を決めています。このしくみはどうなっているのでしょうか? 20世紀後半から21世紀はじめの研究により、その実態が明らかになってきました。



図1 ヒトと同様にサルも視覚、味覚、嗅覚などを使って食べ物を選ぶ。写真はニガウリを食べようとしているニホンザル。




図2 苦味受容体の変異による特定の苦味のわからないニホンザルの発見
野生型では開始コドン(メチオニン)から苦味受容体タンパク質が作られるため、苦い食べ物は食べないで捨ててしまうが、紀伊半島由来の何頭かのニホンザルは変異により受容体タンパク質が働かないため、苦い食べ物も食べてしまう(文献1より改変)。


■研究概要
動物を例としますと、感覚情報は、まず、目や鼻、口などの感覚器官にある「感覚受容体」により受け取られます。光やにおい、味などの要素である光子・におい物質・呈味物質等は細胞の表面にある感覚受容体に結合し、その細胞の中のタンパク質群が連動して最終的に神経細胞の電位変化という電気信号に置き換えられます。その後、その信号が脳の中の「感覚野」に到達し、さらにいろいろな感覚情報や生体内の生理情報が統合処理されることによって、生物は行動を決めるわけです。私たちは、環境からの情報を受け取る感覚受容体に注目することにより、動物の行動がどのような環境情報を処理して進化・適応してきたのかを明らかにしたいと考えて研究を進めています。特に、食べ物を選ぶのに重要な味覚を対象とした研究を主に行い、生息環境での食べ物と比較検討しています。
その結果、ヒトに進化的に近いがより生息環境に依存しているチンパンジー、ニホンザルなどでは、遺伝子レベルで味覚に個体差や地域差が存在することがわかってきました(文献1,2)。また、食べ物の違いが報告されているサルの種の間では、同じ味を感じる味覚受容体でも感度が違うことがわかって来ました(文献3,4)。これらの感覚受容体の性質や脳での感覚情報処理が、生物の進化や行動に影響を与えている実態が明らかになってきました。

■科学的・社会的意義
本研究は、野生動物の行動や進化を理解するのに役立つとともに、ヒトに近いサルをモデルとすることにより、ヒトの進化やヒトの体の中で起こっている感覚情報処理のしくみを明らかにすることに役立つと期待されます。ヒトでの食文化の地域的な違いも、もしかしたら遺伝的要因による味覚受容体の変異や味覚情報処理の地域差に由来するかもしれません。

■参考文献
1)Suzuki N, Sugawara T, Matsui A, Go Y, Hirai H, and Imai H. (2010) Identification of non-taster Japanese macaques for a specific bitter taste. Primates 51: 285-289. PMID: 20665225

2)Hayakawa T, Sugawara T, Go Y, Udono T, Hirai H, and Imai H. Eco-Geographical Diversification of Bitter Taste Receptor Genes (TAS2Rs) among Subspecies of Chimpanzees (Pan troglodytes). PLOS ONE 7: e43277 (2012). PMID: 22916235

3)Imai H, Suzuki N, Ishimaru Y, Sakurai T, Yin L, Pan W, Abe K, Misaka T, and Hirai H. (2012) Functional diversity of bitter taste receptor TAS2R16 in primates. Biology Letters 8: 652-656. PMID: 22399783

4)今井啓雄(2012)ポストゲノム霊長類学 「新・霊長類学のすすめ」(京都大学霊長類研究所編)丸善京大人気講義シリーズp.162-177.

■良く使用する材料・機器
1) 分光光度計(島津製作所、日立製作所)
2) 実験試薬 (和光純薬株式会社
3) 冷却CCDカメラ(アンドール)


H24年度分野別専門委員
京都大学・霊長類研究所
今井啓雄 (いまいひろお)
https://www.pri.kyoto-u.ac.jp/sections/molecular_biology/index.html