一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

ギャップジャンクション・ホルモン

「脳が合成する男性・女性ホルモンは海馬の記憶学習を制御するメディエータ」

■背景  新しい情報伝達物質(ホルモン)のスーパーファミリーとして、神経ステロイドが脳神経で独自に合成されていることを発見したので、これが認知機能でどのような役割を果たすのか? を調べるのが課題。神経ステロイドのうち最も強力な作用をもつものが男性・女性ホルモンである。  情報伝達物質として勢力を2分するペプチド系と異なり、ステロイド系は長いあいだ脳では合成されないとされてきたほど検出が難しかった。

■研究概要  脳海馬での記憶のメカニズムを生物物理学と分子細胞生物学で解明する研究を行っている。神経シナプス伝達に伴う、シナプスの構造変化、電気信号、神経ステロイドによるモジュレーション、などを解析している。脳は論理的と言うよりも、感情的なコンピュータであり、脳海馬の記憶学習は感情・精神に強く依存している。感情・精神を制御する伝達物質の神経ステロイドは局所的に急性的に記憶学習を制御する。ストレスホルモンが急性的に記憶学習を活性化する、研究も行っている。

■科学的・社会的意義  更年期や老化に伴ってアルツハイマー病などの認知症が問題になっている。男性・女性ステロイドの補充療法は認知症の有力な治療法であり、世界中で1000万人に適用されている。本研究は、このホルモン補充療法が如何にして効果を発揮しているかの分子機構を明らかにする意義がある。

■参考文献 1) Hojo Y et al. (2004). PNAS 101, 865-870, 2) Mukai H et al. (2007) J Neurochem 100, 950-967 3) Ooishi Y et al. (2012) Cereb Cortex 4, 926-936 , 4) Mukai H et al. (2011) Cereb Cortex 21, 2704-27011 , 5) Okamoto M. et al. (2012) PNAS 109, 13100-13105, 6) Hasegawa et al.(2015) Brain Res 1621, 147-161, 7) Ikeda et al. (2015) J. Endocrinol 226, M13-M27

■良く使用する材料・機器 1)顕微光イメージング・超解像共焦点顕微鏡・シナプス解析ソフト
2)多電極電気生理
3)ステロイドの質量分析



図1 海馬神経シナプスで、記憶の書き込みLTPと消去LTDが行われるときに、同時に神経ステロイド(男性・女性ホルモン)合成が(20分で)起こり→ シナプスのステロイド受容体に作用して、急性的にシナプスの増加や、LTPの強化やLTDの強化が行われる様子を、描いたモデル。急性作用はNon-genomicに kinase ネットワークを駆動して行われる。 ストレスホルモンも急性作用としてスパインを増加させるが、やはりnon-genomicに kinase ネットワークを駆動して行われる。



図2 海馬の性ホルモン合成酵素 P450(17α) の組織染色(左)とそれがCA1神経細胞に局在していることを示した図(右)。海馬は精巣と独立にコレステロール→男性ホルモン→女性ホルモンと合成する。 東ローマ帝国や中国の宦官官僚は、脳が男性・女性ホルモンを合成していたので、精巣が無くても知力は高く保てたのです。



図3 海馬スライスの単一神経細胞に蛍光色素をマイクロインジェクションした図。
これを超解像共焦点顕微鏡で3次元断層撮影し→Spiso-3D ソフトで数理解析してスパインの密度と頭部構造の変化を解析する。

H28年度分野別専門委員
順天堂大・医学研究科・泌尿器外科  東京大学名誉教授 
川戸 佳 (かわとすぐる)
https://kawato-glia.sakura.ne.jp