ノーベル賞
生物物理学は、生命の本質を物理の視点を用いて解き明かそうという学問です。生命現象は複雑であるため、生命科学の知識を基盤として、物理だけでなく化学や数学の手法を取り入れた学際的かつ独創的な研究が、生物物理学会の研究室で生まれ、展開されてきました。こうした学会員の優れた研究成果を紹介する場として、生物物理学会では日本語総説誌の「生物物理」を刊行しています。また、国内外の生物物理最新研究の発表の場として欧文誌「Biophysics and physicobiology (略称BPPB)」を刊行しています。本ページでは、これら学会のリソースから、最近のノーベル賞の内容に関係する学会員の研究、および総説を紹介します。ノーベル賞に輝く発見・成果にも、生物物理学が深く関係していることを実感していただけたら幸いです。
化学賞
- Eric Betzig博士(米国 Howard Hughes Medical Institute)
- Stefan Hell博士(ドイツ Max Planck Institute)
- William Moerner博士(米国 Standford University)
生命機能を担う小器官や超分子複合体が、細胞内でどのような構造を持ち動態を示すのかを明らかにすることは、生命科学の重要な課題です。しかし、光学顕微鏡で識別可能な最小距離は約200 nmで、10~100 nmのサイズである細胞内小器官は従来の光学顕微鏡では小さすぎて観察できませんでした。3氏は200 nmの壁を超える解像度を持つ顕微鏡の開発に成功しました。超高解像度蛍光顕微鏡についての生物物理誌の解説記事を以下に紹介します。
化学賞
- Jean-Pierre Sauvage博士(フランス University of Strasbourg)
- Fraser Stoddart博士(イギリス Northwestern University)
- Ben Feringa博士(オランダ University of Groningen)
生体にはタンパク質から成る分子機械が様々な機能を担っています。複雑かつ多様なタンパク質分子機械の作動原理の解明は生物物理学会の主要な課題の一つですが、従来の生体内で作られた分子機械を取り出して調べる方法に加えて、逆に分子機械を作ってみるという別の視点からもはたらく仕組みが明らかになってきます。2016年の化学賞に輝いた3氏は、有機分子を化学合成し組み合わせることで、分子モーターを作成して動かすことに成功しました。生物物理誌やBPPB誌には、分子モーターの仕組みに様々な手法から迫った研究が多数掲載されています。その一部を紹介します。
- キチン加水分解酵素は熱ゆらぎを利用して1方向に動きながら結晶性バイオマスを分解する
中村 彰彦, 岡崎 圭一, 古田 忠臣, 櫻井 実, 飯野 亮太(分子科学研究所他)2019年6号 - 分子シミュレーションによるNa+/H+交換輸送体のメカニズム解明と輸送速度を上げる改変
岡崎 圭一(分子科学研究所)2020年2号 - 生体分子モーター・キネシンの"散逸"を計測する
有賀 隆行, 富重 道雄, 水野 大介(山口大学他)2019年6号 - 骨格筋ミオシンにおける協同的な力発生機構
茅 元司(東京大学) 2019年5号 - DNA折り紙を使った1分子解析
遠藤 政幸, 杉山 弘(京都大学)2013年3号
(BPPB誌)
化学賞
- Richard Henderson博士(イギリス MRC Laboratory of Molecular Biology)
- Joachim Frank博士(米国 Columbia University)
- Jacques Dubochet博士(スイス University of Lausanne)
タンパク質の立体構造を原子レベルで明らかにすることは、そのはたらく仕組みを正確に理解するためにとても重要であり、タンパク質の結晶にX線を当てて得た回折データから構造を解析する手法が主に用いられてきました。しかし、この方法では目的タンパク質の結晶を作らなければならず、解析に耐えうる結晶ができない場合も多いために対象は限られていました。2017年化学賞に輝いた3氏は、X線ではなく電子顕微鏡を用いた構造解析の手法を開発し、タンパク質の結晶を作らずとも立体構造が解明できることを見出しました。クライオ電子顕微鏡は構造解析のブレークスルーをもたらし、特にこれまで解析が非常に難しかった膜タンパク質複合体に威力を発揮しています。生物物理学会でもクライオ電子顕微鏡を用いた構造解析研究が盛んに行われており、生物物理誌とBPPB誌の掲載された研究をいくつか紹介します。
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クライオ電子顕微鏡による多剤排出ポンプ複合体MexAB-OprMの構造解析
堤 研太(大阪大学)2020年3号 -
開閉可能な人工タンパク質ケージの構造と性質
岩崎 憲治, 宮崎 直幸(筑波大学)2020年3号 -
カンピロバクター属菌由来のべん毛フックのクライオ電子顕微鏡構造
松波 秀行(沖縄科学技術大学院大学)2017年5号 -
細胞はどのように長さを測るか
吉川 雅英, 小田 賢幸, 柳澤 春明(東京大学)2015年5号