金属結合タンパク質
「タンパク質に息吹を与える”金属イオン”」
■背景
高校化学の教科書にもあるように、タンパク質は生命活動を支える中心的な分子です。しかし、タンパク質はアミノ酸だけですべての仕事をしているわけではありません。多くのタンパク質は、鉄、銅、亜鉛などの金属イオンを利用して働いており、機能や構造に金属イオンが重要な役割を果たすものを「金属(結合)タンパク質」と呼びます。
身近な例がヘモグロビンです(図1)。ヘモグロビンには鉄イオンを含む「ヘム」が結合しており、この鉄イオンに酸素分子が結合することで、肺から全身へ酸素を運ぶことができます。このほかにも、銅、亜鉛、マンガン、コバルト、モリブデンなど、さまざまな金属元素がタンパク質の働きを支えています。定義によって異なりますが、全タンパク質の約3分の1が何らかの形で金属イオンを利用すると考えられています。
金属イオンには、電子を受け渡したり、化学反応を促進したり、タンパク質の立体構造を安定化したりする能力があります。タンパク質は、その周囲を取り囲むことで金属の反応性を調節し、必要な反応を選択的に進めています。つまり、「金属イオンの化学」と「タンパク質の科学」が組み合わさることで、多彩な生命機能が生み出されているのです(文献1)。
金属タンパク質の研究には、大きく二つの方向があります(文献1)。一つは、金属イオンがどのように反応を進めるのかを明らかにし、その知見を触媒開発などに活かす研究です。もう一つは、タンパク質が生体内でどのように必要な金属イオンを選び、獲得するのかを明らかにする研究です。私は主に後者の視点から研究を進めています。

図1 ヒトヘモグロビンの立体構造(PDB ID: 1GZX) 2つのα鎖(ピンク色)と2つのβ鎖(水色)からなり、それぞれにヘムが結合している。ヘムの中心に鉄イオン(緑色)があり、酸素分子(黄色)を結合していることがわかる。

図2 ヒトSOD1の立体構造(PDB ID: 1HL5) 2つの同じサブユニット(水色とピンク色)からなる二量体で、それぞれに銅イオンと亜鉛イオンを結合している。銅イオンを活性中心として、スーパーオキシドの不均化を触媒する(図中の化学反応式)。
■研究概要
生き物にとって、多くの金属イオンは「諸刃の剣」です(文献1)。例えば銅イオンは、電子を受け渡す性質を利用して重要な化学反応に使われる一方、適切に管理されないと活性酸素の生成を促し、細胞を傷つける原因にもなります。そのため、細胞内の銅イオンは厳密に管理されています。そこで働くのが「銅シャペロン」です。銅シャペロンは、銅イオンを自由な状態にすることなく保持し、必要とするタンパク質へ直接受け渡します(文献2)。つまり細胞には、銅イオンの毒性を抑えながら、その有用な性質を安全に利用する仕組みが備わっています。
また、金属タンパク質は必要な金属イオンを正しく結合できないと、機能を失うだけでなく、立体構造が不安定になり、分解されたり凝集したりすることがあります。私が研究している銅・亜鉛スーパーオキシドディスムターゼ(SOD1)もその一つです(図2、文献3)。SOD1は銅と亜鉛を結合して働く抗酸化酵素ですが、遺伝子変異や細胞内環境の変化によって金属を失うと不安定になり、凝集しやすくなります。この凝集は、運動神経が変性する筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症や進行に関わると考えられています。SOD1がどのように銅や亜鉛を獲得し、なぜそれを失うことがあるのかを明らかにすることで、ALSの発症メカニズムの理解につなげたいと考えています。
■科学的・社会的意義 金属タンパク質の働きや成熟の仕組みを明らかにすることは、生命現象を原子・分子レベルで理解することにつながります(文献1)。また、その異常はさまざまな病気にも関わるため、発症メカニズムの解明や予防・治療法の開発にも重要です。さらに、生物は金属タンパク質を使って、窒素固定やメタン酸化などの難しい反応を温和な条件で行っています。その仕組みを応用できれば、省エネルギーで環境負荷の少ない新しい触媒の開発にもつながる可能性があります(文献1)。
■参考文献
1)城 宜嗣・津本 浩平(監修)(2021). 「生命金属ダイナミクス ~生体内における金属の挙動と制御~」エヌ・ティー・エス
2)Boal A.K. and Rosenzweig A.C. (2009) “Structural Biology of Copper Trafficking” Chem Rev 109: 4760-4779.
3)古川良明 (2020). “神経変性疾患における銅・亜鉛スーパーオキシドディスムターゼのミスフォールディング” 生物物理 60: 338-341.
■良く使用する材料・機器
1) 電気泳動装置(アトー株式会社)
2) 実験試薬 (和光純薬株式会社、ナカライテスク株式会社など)
3) 原子吸光分光光度計 AA-7000(株式会社 島津製作所)
2026年分野別専門委員
慶應義塾大学理工学部・生命機構化学研究室
古川 良明 (ふるかわ よしあき)
https://furukawa-lab.org
