一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

膜タンパク質

「生物の匠の技が作り出す膜タンパク質はナノマシン」

■背景 膜タンパク質とは微生物から動物、植物に至るすべての細胞や細胞内小器官の膜の中で働くタンパク質の総称です。イオン、栄養素など生命維持に必要な物質を運搬したり、ホルモン、光、熱、音などの感覚受容器と言われる細胞外情報の高感度センサーなどがあります。1972年、Singer Nicholsonは脂質二重層に浮かぶ膜タンパク質の流動モザイクモデルを提唱しノーベル賞を受賞しました。現在では生物のゲノム解析から遺伝子の約3割が膜タンパク質と予測されていますが、機能がわからないものが大多数をしめています。一方2005年には、よりモザイク状態がすすんだ新しい膜構造モデルも提案されました(文献1)。この背景には、生物物理学者らの貢献により、電子顕微鏡、結晶解析、核磁気共鳴(NMR)、バイオインフォマティクスなど構造生物学的方法が発展し、複雑な膜タンパク質の立体構造が次々と解明されてきたことによります。立体構造が解き明かされるにつれて、膜タンパク質分子の美しいかたちに改めて驚かされます。まさに生物の匠の技と言えるでしょう!


図1 微生物の脂質膜には働きの決まった膜タンパク質が組み込まれている。(動画)

■研究概要 微生物は生理的環境から極限環境まで地球上さまざまな環境下で生育進化しています。たとえば、高度好塩古細菌は塩田など海水より塩分濃度がはるかに高い過酷な条件でしか生育できません。その膜には特殊な光受容膜タンパク質があり、構造と機能の相関の研究が進められています。図1は高度好塩古細菌の4種類の光受容膜タンパク質を表しており、光で駆動する光イオンポンプ(BR, HR)と光センサー(SRI, SRII)からなります(文献2)。どれも類似の7回膜貫通型のヘリックス構造を持ちますが、機能が厳密に分化しているという特徴があります。興味深いことに、7回膜貫通型膜タンパク質は、さまざまな微生物(文献3)や、動物、植物の細胞に広く発見されています。また脂質膜を貫通する回数の異なる膜タンパク質も多数知られています(文献4)。
光受容機能のわずかな違いはフラッシュ光のON/OFFによる高速時間分解可視光分光法で解析することができます。また膜タンパク質が脂質膜内で複合体を形成する様子を円二色性分散計(CD)で観測します。また立体構造やその動きについては固体NMR分光器で解析することができます。光で駆動する光イオンポンプでは、イオン選択性や輸送方向を決めるしくみなどが研究課題の中心となります。

■科学的・社会的意義 膜タンパク質の研究は、最近の生物物理学者の貢献による構造生物学方法の進展によって、ナノレベルのかたちとしくみに関する理解をさらに深めることができるようになりました。こうした分子機械(ナノマシン)という生体分子の物理的・化学的発想の基礎研究は、産業・医薬開発から生物模倣技術などの融合科学イノベーションへの貢献がさらに期待されています。

■参考文献 1) D. M. Engelman (2005) "Membranes are more mosaic than fluid", Nature 438, 578-580.
2) T. Tsukamoto, T. Sasaki, K. J. Fujimoto, T. Kikukawa, M. Kamiya, T. Aizawa, K. Kawano, N. Kamo, M. Demura (2012), “Homo-trimer Formation and Dissociation of pharaonis Halorhodopsin in Detergent System”, Biophys. J., 102, 2906-2915.
3) T. Tsukamoto,T. Kikukawa, T. Kurata, K.H. Jung, N.Kamo, M. Demura (2013) “Salt Bridge in the Conserved His-Asp Cluster in Gloeobacter Rhodopsin Contributes to Trimer Formation”, FEBS Lett., 587, 322-327.
4) T. Tsukamoto, X. Li, H. Morita, T. Minowa, T. Aizawa, N. Hanagata, M. Demura (2013), “Role of S-palmitoylation on IFITM5 for the interaction with FKBP11 in osteoblast cells”, PLoS One, 8, e75831.

■良く使用する材料・機器 1) 固体NMR分光器(日本電子株式会社、株式会社JEOL RESONANCE)
2) 円二色性分散計 (日本分光株式会社)
3) 実験試薬 (和光純薬株式会社大陽日酸株式会社

H24・25年度分野別専門委員
北海道大学大学院先端生命科学研究院
出村 誠 (でむら まこと)
https://altair.sci.hokudai.ac.jp/infana/
(動画)https://altair.sci.hokudai.ac.jp/infana/
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