糖結合タンパク質
「酵素としてはたらく糖結合タンパク質の構造と機能」
■背景
糖鎖(または糖鎖の構成単位である単糖)は,あらゆる生物に普遍的に存在する生体分子であり,エネルギーの貯蔵,アミノ酸の前駆体,自然免疫応答の制御などの生体内の重要な機能に関与します.また,糖鎖は食品,医薬品,化粧品などにも利用されており,産業的に利用価値の高い天然資材でもあります.糖に対して結合する性質を有するタンパク質は総称して「糖結合タンパク質」と呼ばれます.糖結合タンパク質には,糖鎖との結合を介して多様な細胞プロセスを導く受容体や,糖鎖の重合,分解を触媒する酵素などがあります.糖結合タンパク質による情報伝達機構や酵素反応機構の詳細を識るために,糖結合タンパク質に対する糖鎖の結合様式を原子レベルで観ることが重要です.ここでは,糖鎖の一つであるセルロースを分解する活性を有する酵素の立体構造と反応機構について紹介します.
図1 セルロース分解酵素の構造と機能
■研究概要
セルロースはグルコースがβ-1,4グリコシド結合により重合した直鎖状の分子です.セルロース分解酵素はセルロースに作用し,β-1,4グリコシド結合を切断(加水分解)する反応を触媒します.この酵素の反応機構を理解するために,X線結晶構造解析という手法により,反応過程で見られる中間体の立体構造を原子レベルで決定します.遺伝子改変技術により作製した切断活性の著しく低下した変異体酵素にセルロース鎖断片を結合させることで,糖鎖が切断された直後の状態を示す立体構造を得ました(図1).得られた立体構造を反応過程で見られる他の状態と比較すると,反応過程で糖の骨格や機能に重要なアミノ酸の向きを変えながら反応が進行することが明らかとなりました.このように,酵素をはじめとする多くのタンパク質は巧みに構造変化することで機能を果たします.近年,シリアルフェムト秒結晶構造解析という手法により,極めて短い時間で構造が変化する様子を動画のように捉えることが可能となっており,タンパク質の構造と機能の関係をより詳細に理解することが期待されています.
■科学的・社会的意義
糖鎖は生命活動の根幹に関わる高分子のひとつであり,糖鎖の分解に関わる酵素の機能に分子レベルで迫ることは,生命現象の理解に繋がります.また,多様な糖加水分解酵素の中には,木質などのバイオマスを利用したバイオエタノールの生産や生理活性作用を有する機能性オリゴ糖の生産に利用されるものもあります.立体構造情報を基に酵素反応機構を明らかにし,タンパク質工学的手法により高機能化が実現できれば,天然由来バイオマスの有効利用による環境負荷の低減にも貢献できます.
■参考文献
1) Takaaki Fujiwara, Ayumi Fujishima, Yui Nakamura, Kenji Tajima, and Min Yao (2022). "Structural snapshot of glycoside hydrolase family 8 endo-beta-1,4-glucanase capturing the state after cleavage of the scissile bond." Acta Crystallographica Section D 78 (2), 228-237.
■良く使用する材料・機器
1) タンパク質精製用クロマトグラフィーシステムAKTA(Cytiva)
2) タンパク質結晶化用分注システムGryphon(ART Robbins Instruments)
3) 大型遠心分離機・超遠心分離機(エッペンドルフ・ハイマック)
2022年分野別専門委員
東北大学・多元物質科学研究所
藤原 孝彰(ふじわら たかあき)
http://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/nango/html/
「糖に結合するタンパク質の特徴と応用利用を考える」
■背景 「糖結合タンパク質」とは、その名の通り、糖に結合するタンパク質を指します。糖結合タンパク質として「レクチン」という名称も汎用されますが、糖に結合する抗体は「糖鎖抗体」と呼ばれ、レクチンに含まれないのが一般的です。ここでは「糖結合モジュール」と呼ばれるタンパク質を取り上げ、これらが如何に糖と結合するかに焦点をあてます。糖結合モジュールとは、糖質関連酵素中に見出される糖結合タンパク質を指し、現在、64のファミリーに分類されています(文献1)。
図1 キシラナーゼの糖結合モジュールとラクトースとの複合体の立体構造。Protein Data Bankの1KNMを、PyMolソフトを使って表示。
図2 等温滴定熱測定による糖結合モジュールと糖との結合解析。左はラミナリンとの結合、右はラミナリテトラオースとの結合で、各上段が測定データ、下段が滴定曲線に変換したデータを表わす。Microcal Originソフトを使って表示。
■研究概要 糖結合タンパク質が如何に糖と結合するか?この疑問に答えるための1つの方法として、X線結晶解析などにより、糖結合タンパク質と糖との結合状態を、原子レベルで明らかにすることが挙げられます。図1を見てください。青色で示された分子がキシラナーゼという酵素にある糖結合モジュール、緑色と赤色で示された分子がラクトースという糖です。1分子の糖結合モジュールに、2分子のラクトースが結合する様子がわかります。同種の糖結合モジュールには、3か所の糖結合可能部位がありますが、このタンパク質では、2か所に糖が結合しています。一方、グルカナーゼという別の酵素にある同種の糖結合モジュールでは、1か所の糖結合部位が優先的にグルカンという糖と結合し、他の2か所は二次的に関与することが明らかになりました(文献2)。図2を見てください。これは分子と分子(ここでは糖結合モジュールと糖)の結合に伴い発生する微小な熱量を検出する装置を用い(文献3)、結合の強さを決定した解析例ですが、左はグルコースが30個ほどつながったラミナリンという多糖、右はグルコースが4個つながったラミナリテトラオースというオリゴ糖との結合を観測したものです。下図の滴定曲線の形状から、結合の強さを決定できるのですが、明らかにラミナリンに対する結合力が強いことがわかりました。これはオリゴ糖の場合、1つの糖結合部位のみが結合に関与するのに対し、多糖はその長さも十分であることから、第2、第3の糖結合部位も同時に結合に関与するためと考えられます。このように、立体構造や結合力を解析することで、タンパク質が糖を如何に識別し、結合するかが明らかになります。また自然界に存在する同種のタンパク質が、3か所の糖結合可能部位を持つにも関わらず、そこに結合の優先順位が存在するのか、その理由は未だに良くわかっていません。
■科学的・社会的意義 本研究は、糖結合タンパク質が如何に糖を識別し、結合するかを解明するのに役立つとともに、自然界に存在する同タンパク質の生物学的意義の解明も期待されます。糖結合モジュールは、糖質関連酵素とともに存在するわけですが、この酵素自体も糖に結合できます。ではなぜ、糖結合モジュールが存在し、ある意味「二重に」糖と結合する必要があるのでしょうか?不思議です。何かの理由があるはずで、自然界から学べることはたくさんあります。一方、様々な糖が、昨今、医薬品や食品として注目されています。これらの糖を調製するために、糖をきれいにする(精製する)必要がありますが、この精製にも、糖結合タンパク質は有用になります。例えば糖結合カラムを作ることで、産業界にも大きく貢献できるわけです。基礎から応用へ、糖結合タンパク質の可能性は無限にあると考えられます。
■参考文献
1)https://www.cazy.org/Carbohydrate-Binding-Modules.html
2)Tamashiro, T., Tanabe, Y., Ikura, T., Ito, N., and Oda, M. (2012). "Critical roles of Asp270 and Trp273 in the α-repeat of the carbohydrate-binding module of endo-1,3-β-glucanase for laminarin-binding avidity." Glycoconj. J. 29(1): 77-85.
3)https://www.pssj.jp/archives/Protocol/Measurement/ITC_01/ITC_01_01.html
■良く使用する材料・機器
1)実験試薬 (和光純薬株式会社、ナカライテスク株式会社)
2)等温滴定型熱量計(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)
H24年度分野別専門委員
京都府立大学・大学院生命環境科学研究科
織田 昌幸 (おだ まさゆき)
https://www2.kpu.ac.jp/life_environ/biophys_chem/