一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

脂質膜低分子相互作用

「脂質膜の構造・物性におよぼすコレステロールの影響」

■背景 細胞膜は脂質やタンパク質などさまざまな生体分子から構成されていますが、その基本構造は、リン脂質からなる二分子膜です。リン脂質分子には、水になじみやすい部分(親水性頭部基)と水とは混ざりにくい部分(疎水性尾部)の両方を持つ両親媒性分子です。周囲に水が大量に存在する状況下では、疎水性尾部を内側に、親水性頭部基を外側して自発的に分子集合体を形成します(図1)。この分子集合体の形態は、リン脂質の分子構造だけでなく、温度・圧力・溶媒の種類などといった周囲の環境によって変化しますが、多くのリン脂質は二分子膜状の分子集合体(リポソームまたはベシクルと呼ばれる)を形成します。これが細胞膜の基本構造に相当するわけです。そのため、合成リン脂質を用いて作製した人工リン脂質ベシクルは、これまで長年にわたって細胞膜モデルとして多くの基礎研究で用いられてきました。その結果、リン脂質二分子膜の構造・物性とそれを構成するリン脂質の分子構造との相関(B-08脂質膜の相転移を参照)、アルコール(文献1)や局所麻酔薬(文献2)などの膜作用物質と脂質膜との相互作用など、脂質膜の物理化学的性質に関する幅広い知見が得られています。
 一方、比較的近年提唱された細胞膜モデルによると、細胞膜には「脂質ラフト」と呼ばれる、コレステロールと特定の種類のリン脂質から構成されるミクロドメイン(微小領域)が存在し、細胞内外の情報伝達機能に密接に関連していると考えられています(A-23情報調節分子を参照)。コレステロールがリン脂質二分子膜の構造・物性におよぼす影響については、40年以上前から研究されていますが、いまだに不明な点が多々あります。脂質膜内でのラフト形成におけるコレステロールの物理化学的な役割を理解するためには、コレステロールと脂質膜との相互作用を明確にする必要があり、現在も多くの研究者がこのテーマに取り組んでいます。ここでは、脂質膜に内在するコレステロールが脂質膜の構造と物性におよぼす影響について最近の研究成果(文献3)をもとに概説します。


図1. リン脂質の分子構造(A)とリン脂質二分子膜の(B)の模式図。

■研究概要 コレステロールを含む二成分リン脂質二分子膜に対して正確な相図(物質の状態変化を示した地図のようなもの)を作成することは、二分子膜構造におよぼすコレステロールの影響を調べる有効な方法の一つです。図2には、一連の疎水性尾部(炭化水素鎖)の長さの異なるリン脂質とコレステロールからなる二成分二分子膜に対する温度–組成相図を示しています。相図中のLαは液晶相、Lβ′(およびLβ)とPβ′とはゲル相を意味し、大雑把に言うと、液晶相はやわらかい二分子膜の状態に、ゲル相は固い二分子膜の状態に対応します(B-08脂質膜の相転移を参照)。さらにコレステロール組成の高い領域では、Loという相状態が見られますが、これは秩序液体相と呼ばれる二分子膜相状態で、液晶相とゲル相の中間的な性質を持つ二分子膜の状態です。これら一連の相図から、いくつか重要な特徴を見出すことができます。第一に、リン脂質分子の炭化水素鎖の長さが短くなるにつれて相境界線の丸みが顕著になることから、膜内においてコレステロール分子とリン脂質分子は混ざりやすくなる傾向があることが推察されます。第二に、二成分混合二分子膜の相挙動にはいくつかの特徴的なコレステロール組成があることがわかります。一つは、Lo相が形成され始めるコレステロール組成で、これはリン脂質分子の炭化水素鎖長に関係なくおよそ15 mol %です。膜全体にLo相が形成されるコレステロール組成も重要で、炭素数17までの炭化水素鎖を持つリン脂質に対してはおよそ33 mol %、炭素数18の炭化水素鎖を持つリン脂質ではおよそ50 mol %であることがわかります。つまり33 mol %または50 mol %以上では、二成分混合二分子膜全体がゲル相と液晶相の中間的な状態、いわば温度変化に対して比較的安定な状態になるといえます。さらに15 mol %から33 mol %(または50 mol %)の間に、「Lα + Lo」という領域がありますが、これは「二相共存状態(あるいは相分離状態)」に対応します。つまり二成分混合二分子膜内には、液晶相の状態の部分(コレステロール組成が低い領域)と秩序液体相の部分(コレステロール組成が高い領域)が同時に存在していることを意味します。この相分離を誘起するコレステロールの力は、実際の生体膜における脂質ラフト形成の熱力学的駆動力に相当することが示唆されます。最後に、相図の形が非調和融点型固液相図に似ていることから、混合二分子膜内でコレステロールとリン脂質分子がクラスター(いくつかの分子が集合したもの)を形成していることが示唆されます。クラスター内のコレステロールとリン脂質の組成比は、相図内の対応するコレステロール組成から推定することができます。図3には、相図にみられた一連の特徴的なコレステロール組成から推定されるクラスターを模式的に示しています。この模式図をもとに考えると、炭化水素鎖長17以下のリン脂質の場合、上述の二相共存状態はコレステロール:リン脂質 = 1:6(図3(d)の状態)とコレステロール:リン脂質 = 1:2(図3(e)の状態)の領域が存在すると推定されます。


図2 炭化水素鎖長の異なる5種類のリン脂質とコレステロールからなる二成分混合二分子膜の温度–組成相図。


図3 六方格子充填に基づくコレステロールとリン脂質分子のクラスター形成の模式図。○はリン脂質分子、●はコレステロール分子を表し、紫色のエリアはコレステロールの影響が及ぶ範囲(一つのクラスター)を表している。

■科学的・社会的意義 かつては、生体膜は多くの脂質から構成される均一な膜と考えられていましたが、近年では脂質ラフトを含む不均一な構造を有していると考えられています。ここでは、相図の作成を通じて熱力学的立場から、不均一構造形成について説明しました。これは不均一構造形成の一側面を取り上げたに過ぎません。したがってより多角的に研究を続ける必要があります。しかしこういった基礎的知見を系統的に積み上げていくことで、生体膜の機能と構造を本当の意味での理解が得られるものと考えています。

■参考文献 1) Kaneshina S., et al., (1992) Chem. Lett. 21, 1963–1966.
2) Hata T., et al., (2000) Biophys. Chem. 87, 25–36.
3) Tamai N. et al., (2013) Biochimi. Biophys. Acta 1828, 2513–2523.; 玉井伸岳, 後藤優樹, 松木均, (2014) 生物物理 54, 154–157.

■良く使用する材料・機器 1) 示差走査熱量計VP-DSC (スペクトリス株式会社 マルバーン事業部MicroCal製)
2) 光散乱光度計ALV/CGS-3/7002 (ALV-Laser Vertriebsgesellschaft mbH/丸文株式会社)
3) 高圧精密密度計/圧力制御システム (株式会社アントンパール・ジャパン,株式会社シン・コーポレーション)

H26年度分野別専門委員
徳島大学大学院ソシオテクノサイエンス研究部ライフシステム部門
玉井伸岳(たまいのぶたけ)
https://www.bio.tokushima-u.ac.jp/A1/









 

「生体膜の構造・機能・ダイナミクスや環境に対する応答の解明」

■背景 すべての生物は、細胞膜や細胞内の種々の構造体において共通の膜構造 (厚さ4 nmの脂質膜に膜蛋白質が組み込まれたもの)(生体膜)を持つ。生体膜は種々の脂質や膜蛋白質、および繊維状の細胞骨格が弱い相互作用により自己組織化して形成されるため、それらが膜内で横方向に並進拡散できる柔らかな超分子集合体である。この生体膜の構造・機能・ダイナミクスや環境に対する応答を理解するためには、それらの分子メカニズムや現象を支配する物理法則を解明することが重要である。


図1 単一GUV法の原理図(文献Adv. Planar Lipid Bilayers and Liposomes, 7, 121, 2008 から許可を得て転載)

(A)
(B)
(C)
(D)

図2 単一GUV法の応用例。(A) 抗菌ペプチドによる脂質膜中のポア(小孔)形成、(B)抗菌性物質によるリポソームの破裂、(C) 膜融合、(D) 膜分裂。(A) は文献J. Phys. Chem. B, 113, 4846, 2009から、(B) は文献Biophys. J. 92, 3178, 2007から、(C) は文献Langmuir, 20, 5160, 2004から、(D) は文献Langmuir, 23, 720, 2007からそれぞれ許可を得て転載。


図3 静電相互作用により誘起されるQ相間の相転移やQ相とLα相の間の相転移。文献Langmuir, 19, 4745, 2003から許可を得て転載。

■研究概要 (1) 単一GUV法を用いた生体膜の機能、ダイナミクスや環境に対する応答の研究
直径が10μm以上の生体膜/脂質膜1枚から作られたリポソーム(脂質膜が閉じてできた袋状の構造体)は、巨大リポソーム (GUV; Giant Unilamellar Vesicle)と呼ばれる。筆者らは最近、「単一巨大リポソーム法(単一GUV法)(the single GUV method)」という新しい生体膜の研究方法を提案し、ペプチドなどの外来分子と脂質膜の相互作用や生体膜のダイナミクスの研究に応用している(図1)。この方法では、外来分子との相互作用により生じる1個のGUVの構造や物理量の変化をリアルタイムで測定し、同様の実験を多くの“1個のGUV”に対して行なった結果を用いて、構造や物理量の変化の統計的な解析をする。単一GUV法により、現象の素過程が詳細に明らかになり、素過程の速度定数などが求めることができる。この方法により、抗菌ペプチドや毒素蛋白質による脂質膜中のポア(小孔)形成 (図2A、文献1)、抗菌物質によるリポソームの破裂 (図2B、文献2)、膜融合 (図2C) や膜分裂 (図2D) (文献3)などで新しい情報を得ることに成功している。

(2) 静電相互作用により誘起される生体膜のキュービック相と液晶相の間の相転移の研究
生体膜や脂質膜のキュービック相 (立方相) (Q相) は3次元的につながった1枚の膜であり、3次元的に規則的に配列し、その膜面は極小曲面を形成する。Q相の構造を持つ膜は細胞の中でも見出されており、条件が変われば2分子膜に転換する。従来は温度や圧力、水含量の変化によるQ相の安定性の研究が精力的に行われてきたが、これは生体中でのQ相の構造変化を説明できない。筆者らは膜の表面電荷(負の電荷を持つ脂質の膜内濃度や膜界面に結合する正味の電荷を帯びたペプチド濃度で制御)に基づく静電相互作用により異なるQ相間の相転移やQ相と2分子膜液晶相(Lα相)の間の相転移が誘起されることを発見した(図3、文献4)。静電相互作用が大きくなるにつれて、Q224相 (Pn3m、D曲面)から、Q229相 (Im3m, P曲面)に相転移し、次にLα相に相転移する。イオンやペプチド、pHなどで静電相互作用を制御することによっても、これらの相転移を誘起することがわかった。また、この相転移のキネティックスの情報も少しずつ分かりつつある(文献4)。

■科学的・社会的意義 本研究は、生体膜の構造・機能・ダイナミクスの解明に貢献し、細胞の機能の理解に役に立つ。また、本研究により得られた新しい原理に基づいて、特定の機能を持つペプチド/蛋白質、脂質や薬剤などの新しい設計をすることが期待される。

■参考文献 1)Biochemistry, 44, 15823, 2005; J. Phys. Chem. B, 113, 4846, 2009; ibid, 114, 12018, 2010; Biochemistry, 51, 5160, 2012
2)Biophys. J. 92, 3178, 2007
3)Langmuir, 20, 5160, 2004; ibid, 20, 9526, 2004; ibid, 23, 720, 2007
4)Biophys. J., 81, 983, 2001; Langmuir, 19, 4745, 2003; Adv. Planar Lipid Bilayers and Liposomes, 9, 163, 2009; J. Chem. Phys. 134, 145102, 2011

■良く使用する材料・機器 1) 蛍光顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡 (オリンパス
2) EM-CCDカメラ (浜松ホトニクス)
3) 原子間力顕微鏡 (ブルーカー)

H25年度分野別専門委員
静岡大学・創造科学技術大学院・統合バイオサイエンス部門
山崎昌一 (やまざきまさひと)
https://www.ipc.shizuoka.ac.jp/~spmyama/index.html