膜輸送・膜透過
「タンパク質を介した物質の細胞膜透過機構に迫る」
■背景
私たちの体は無数の細胞が集まって成り立っています。その細胞の境界を担うのは、脂質で出来た二重膜(細胞膜)で、この膜がバリアとしてはたらくため、細胞は様々な環境変化に対応することが出来ます。細胞膜の基本的性質は油と同じですので、水に溶けやすい分子や電荷をもった物質(イオンなど)は膜を通過することが出来ません。ところが細胞の活動には、イオンやアミノ酸など親水性の物質が必要で、これらの物質は細胞膜を通り抜けて中へとりこまれなければなりません。一体どうやっているのでしょうか?
図1 A, 私たちの体と輸送体の関わり。 B, 輸送体は大きく分けて4種類存在する。基質の濃度に依存して単純に拡散を促進するもの(i)、膜を介したイオンの電気化学的勾配(ここではH+勾配を例として示してある)を利用し、基質をイオン勾配方向に輸送するもの(ii)、逆方向に輸送するもの(iii)、ATPのエネルギーを利用して基質を輸送するもの(iv)。C, 輸送体の解析方法。まず輸送体を膜から界面活性剤で可溶化し、精製する。精製し単一タンパク質のみになったら、結晶化して立体構造を解いたり、膜小胞・平面膜へ再構成し機能を解析する。結晶構造の情報に基づいた機能解析により、さらに詳細な知見が得られる。
■研究概要 これまでの研究から、細胞膜を介した物質の輸送は、膜に埋まったタンパク質(膜タンパク質)が担っていることがわかっています。これら輸送を担う膜タンパク質は輸送体(トランスポーター)と呼ばれ、それぞれ決まった物質を輸送する働きを持っています(Na+とH+の交換輸送体の例:文献1)。輸送のエネルギー源には、膜を介したイオンの電気化学的勾配やATPが用いられています。輸送体の機能メカニズムを調べるには、細胞から単離精製し、単一標品にして人工膜に再構成する必要があります。この再構成輸送体を、生物物理学の様々な手法を用いて調べることにより、個々の輸送メカニズムに迫ることが出来ます(図1)。最近では、目的の輸送体のみを大量に細胞に作らせる技術が進歩し、解析のためのサンプルの準備が以前に比べてずいぶん容易になりました。そのため、これまで困難であった輸送体の結晶構造解析についても近年次々と成功例が報告され(文献2、3)、原子レベルでの構造情報をもとに機能メカニズムを議論できる時代になってきました。
■科学的・社会的意義 細胞膜を介した物質のやり取りは、生命活動において非常に重要な役割を果たしています。そのため、輸送体の故障(変異といいます)は、様々な病気を引き起こすことになります。輸送のメカニズムを明らかにすることで、病気の原因を解明することが期待でき、創薬に向けた知見も得られます。
■参考文献 1)Padan E, Tzubery T, Herz K, Kozachkov L, Rimon A, Galili L. (2004). NhaA of Escherichia coli, as a model of a pH-regulated Na+/H+ antiporter. Biochim Biophys Acta. 1658, 2-13.br /> 2)Yamashita A, Singh SK, Kawate T, Jin Y, Gouaux E. (2005). Crystal structure of a bacterial homologue of Na+/Cl--dependent neurotransmitter transporters. Nature 437, 215-223.br /> 3)Shimamura T, Weyand S, Beckstein O, Rutherford NG, Hadden JM, Sharples D, Sansom MS, Iwata S, Henderson PJ, Cameron AD. (2010). Molecular basis of alternating access membrane transport by the sodium-hydantoin transporter Mhp1. Science 328, 470-473.br />
■良く使用する材料・機器
1)暗視野および蛍光顕微鏡システム(株式会社オリンパス)
2)実験試薬 (和光純薬株式会社)
3)CCDカメラ(浜松ホトニクス株式会社)
4)界面活性剤(株式会社同仁化学研究所)
5)クロマトグラフィーシステムとカラム(GEヘルスケア・ジャパン株式会社)
6)蛍光指示薬(ライフテクノロジーズジャパン株式会社)
名古屋大学・大学院理学研究科・生命理学専攻
小嶋誠司 (こじませいじ)
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