一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

視覚

「夜にものを視るしくみ」

■背景 我々は、真夏の太陽が照りつける昼間でも月明かりもない夜中でもものを視ることができます。108~109にも及ぶ光強度の範囲で視覚を働かせるため、ヒトを含む多くの脊椎動物は、応答する光強度の異なる2種類の視細胞、桿体と錐体、を眼の網膜に持っています(文献1-3)。桿体は薄暗がりで働き、錐体は明るい環境で働きます。特に桿体は1つの光子に対して応答できるほど高感度です。この2種類の視細胞は、光刺激を細胞の電気的応答に変換するために非常によく似た情報伝達システムを持っていますが、そこで機能するタンパク質の性質が異なるため、働く光強度が違うようにカスタマイズされている、と考えられています(図1)。では、タンパク質の性質がどのように異なるのでしょうか?ここでは、最初に光を受けるタンパク質である視物質の違いに注目して、「夜にものを視る」ために働く桿体のしくみに迫ります。



図1 視覚を司る脊椎動物の2種類の視細胞

■研究概要 桿体がわずかな光刺激に対して応答するためには、細胞の中で情報伝達シグナルが増幅する必要があります。実際、桿体の視物質ロドプシンと錐体の視物質を比べると、ロドプシンの方が1分子あたり後続のタンパク質(Gタンパク質)を多く活性化することがわかりました(文献4)。また、光刺激がない時に間違えて応答を出してしまうと、わずかな光刺激が来た時の応答と区別できないため、桿体は光刺激がない時の応答(暗ノイズ)を極力小さくする必要があります。これについてもロドプシンと錐体視物質を比べると、ロドプシンは光刺激なく活性化(熱活性化)する効率が小さいことがわかりました(文献5)。つまり、ロドプシンは信号(signal)をより大きく増幅しながら雑音(noise)をより低く抑えることによりSN比を高めて、桿体の高感度光センサーに貢献していると言えます。視物質の後続で働くタンパク質群の性質についても研究が進み、桿体と錐体で異なることがわかってきています(文献6)。このように、個々のタンパク質の性質の違いが積み重なって、2種類の視細胞の応答する光強度の大きな違いを導いています。

■科学的・社会的意義 多くの動物が、視覚から外界の環境変化の多様な情報を得ています。そのため、昼行性・夜行性といった行動リズムの変化や生息環境への適応に視覚は密接に関わっています。視覚の最初の応答が起きる視細胞におけるタンパク質の動作原理を解明することが、動物の多様性を導くメカニズムの1つの理解につながります。

■参考文献 1)山下高廣、七田芳則 (2009) 「脊椎動物の視細胞が光を受ける仕組み」 シリーズ「動物の多様な生き方1;見える光、見えない光」(共立出版) 37-56.
2)七田芳則、山下高廣 (2012) 「多様な光環境への動物の適応メカニズム」 「生き物たちのつづれ織り上」京都大学学術出版会 154-163.
3)今元泰 (2015) 「視細胞の光受容メカニズム」 生物物理 55, 299-304.
4)Kojima, K., et al. (2014) "Rod visual pigment optimizes active state to achieve efficient G protein activation as compared with cone visual pigments." J. Biol. Chem. 289, 5061-5073.
5)Yanagawa, M., et al. (2015) "Origin of the low thermal isomerization rate of rhodopsin chromophore." Sci. Rep. 5, 11081.
6)Kawamura, S. & Tachibanaki, S. (2008) “Rod and cone photoreceptors: molecular basis of the difference in their physiology.” Comp. Biochem. Physiol. A 150, 369-377.

■良く使用する材料・機器 1) 紫外可視分光光度計、蛍光分光光度計 (株式会社島津製作所、浜松ホトニクス株式会社)
2) 蛍光顕微鏡システム (株式会社ニコン
3) カラムクロマトグラフィーシステム (GEヘルスケア・ジャパン株式会社、バイオ・ラッド ラボラトリーズ株式会社)
4) 分子シミュレーションシステム (株式会社菱化システム
5) 実験試薬 (和光純薬株式会社

H28年度分野別専門委員
京都大学・大学院理学研究科・生物物理学教室
山下高廣 (やましたたかひろ)
https://photo1.biophys.kyoto-u.ac.jp/shichida/home_jp.html