一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

酵素機能

「複雑な生体内の酵素触媒反応を分子レベルで理解する」

■背景
酵素はタンパク質でできており、生物が生きていく上で必要な消化・吸収・代謝などに関わる重要な生体触媒であり多くの生体機能に関与しています。酵素には、無機物や金属有機化合物など一般の触媒に比べると、優れたいくつかの特徴を持っています。例えば、酵素は常温・常圧の穏やかな条件のもとではたらき、様々な反応を触媒します。また、基質特異性が高く、官能基が共通の異性体でもその微妙な立体構造を厳密に選り分けて、特定の基質(反応物)だけに作用することができます(図1)。このような特徴を生かして、酵素を利用した洗剤や発酵食品、また胃腸薬などの医薬品など実用生活でも多く利用されています。したがって、酵素が関与する生体機能すなわち酵素による触媒反応を理解することは、生体機能の詳細な理解ができるだけでなく、日用品や薬剤開発などの応用を考える上でも重要となります。



図1 酵素機能の模式図

■研究概要
酵素による触媒反応機構を理解するためには、反応を進行するのに必要な最低限のエネルギー(活性化エネルギー)を酵素がいかにして下げているのかを理解することが重要になります(図2)。したがって、反応に関与するタンパク質や基質の構造やその相互作用を調べることが酵素反応の理解につながります。最近の物理化学的な測定技術や理論計算の進展により、酵素反応が分子レベルで議論できるようになってきています。
例えば、メタン(CH4)を常温常圧でメタノール(CH3OH)へと変換するメタンモノオキシゲナーゼと呼ばれる酵素が自然界には存在します(図3a)。メタンを反応させるには、C–Hの化学結合を切断する必要があり、その切断エネルギーは104 kcal/molとなります。したがって、メタンの水酸化反応は工業的には500–1100 ℃の高温条件下で行われており、温和な条件下で進行する酵素機能の特異性をうかがうことができます。このような酵素機能を理解するためには、酵素存在下で起こる反応機構を理解する必要があります。理論的には、メタンからメタノールに反応が進行する際の構造やエネルギーの変化(エネルギーダイアグラム)がわかれば、反応の詳細を理解することができます。理論計算によりエネルギーダイアグラムを調べると、酵素中ではメタンのC–Hの結合の切断に必要な活性化エネルギーは約19 kcal/molであり、メタンと効率よく反応することが明らかとなっています(図3b)。



図2 酵素のエネルギー論的役割


図3 メタンを水酸化する酵素(メタンモノオキシゲナーゼ)。
図4 メタン水酸化反応の理論計算(エネルギーダイアグラム)

■科学的・社会的意義
酵素反応は、生体内の活動維持のためにあらゆる場所で行われており、病気にも密接に関係しています。さらに、酵素を利用した日用品や医薬品なども多く開発されています。したがって、タンパク質の酵素機能を理解することは、生体内活動のしくみを理解するだけでなく、病気を治すための方法を考える上でも重要な情報を与えてくれます。また、生体内での酵素機能の原理を手本にして、生体内の酵素機能を模倣した触媒の開発も活発になると期待できます。再生可能なエネルギーの利用や持続可能な発展が可能な環境づくりにも、酵素機能の理解は重要な情報を与えてくれるかもしれません。

■参考文献
1) 坂本順司(2012)「イラスト 基礎からわかる生化学 ―構造・酵素・代謝―」裳華房
2) 寺嶋正秀(2013)「揺らぎと生体反応概論」『揺らぎ・ダイナミクスと生体機能 ~物理化学的視点から見た生体分子~』(寺嶋正秀 編)第1章 pp.3–11, 化学同人
3) 新井宗仁「タンパク質を究める」『B-11:タンパク質の構造・物性(生物物理のテーマ)』、https://www.biophys.jp/highschool/B-11.html
4) 堀優太、塩田淑仁、吉澤一成(2020)「計算化学が先導する酵素触媒反応の設計」『CSJカレントレビュー(37)、高機能性金属錯体が拓く触媒科学―革新的分子変換反応の創出をめざして』(日本化学会編)第15章pp.160–166, 化学同人
5) K. Yoshizawa and Y. Shiota, (2006) “Conversion of Methane to Methanol at the Mononuclear and Dinuclear Copper Sites of Particulate Methane Monooxygenase (pMMO):  A DFT and QM/MM Study” J. Am. Chem. Soc. 128(30): 9873–9881.

■良く使用する材料・機器
1) 量子化学計算ソフトウェア(Gaussian; https://gaussian.com/
2) コンピュータ(WindowsとLinux)
3) 学術論文


2022年分野別専門委員
筑波大学・計算科学研究センター
堀優太(ほりゆうた)
https://www2.ccs.tsukuba.ac.jp/people/mshoji/index.html