生体エネルギー変換
「光と栄養のエネルギーは、どのように生命を動かすのか」
■背景
私たちが食べ物から得たエネルギーや、植物が受け取った太陽光のエネルギーは、そのままでは細胞の活動に使えません。細胞はこれらのエネルギーを使いやすい形に変えてから、物質を合成したり、筋肉を動かしたり、細胞の内外へ物質を運んだりします。このように、ある形のエネルギーを別の形へ変える働きを生体エネルギー変換といいます(図1)。
細胞が広く利用する「使いやすい形」の一つがATP(アデノシン三リン酸)です。ATPは、必要な場所で分解され、その反応を他の反応と結びつけることで細胞の活動を進めます。多様な活動に共通して使われることから、ATPは生体内の「エネルギー通貨」と呼ばれます。使われたATPはADP(アデノシン二リン酸)になり、エネルギーを受け取って再びATPへと合成されます。
ATPを合成する主要な場所は、動物や植物の細胞にあるミトコンドリアの内膜、そして植物や藻類の細胞にある葉緑体のチラコイド膜です。いずれの膜にもATP合成酵素が存在します。ミトコンドリアでは栄養に由来するエネルギー、葉緑体では光に由来するエネルギーが、まず膜を隔てたプロトン(水素イオン、H⁺)の偏りをつくるために使われます(文献1)。

ここでいう「プロトンの偏り」とは、膜の両側でプロトン濃度が異なることです。さらに、プロトンは電荷をもつため、移動すると膜の両側に電圧の差も生じます。この濃度差と電圧差を合わせたものが、プロトンの電気化学ポテンシャル差です。膜を隔てて蓄えられたこのエネルギーは、プロトンがATP合成酵素を通って戻る際に利用され、ATPの化学エネルギーへと変換されます。
■研究概要
私たちが食べ物から得たエネルギーは、どのようにATPへ変わるのでしょうか。細胞は食べ物に含まれる糖などを段階的に分解します。その過程で糖などから取り出された電子は、電子を運ぶ分子に受け渡されます。ミトコンドリアの内膜には、呼吸鎖(電子伝達系)と呼ばれるタンパク質の集まりがあります(図2A)。電子を運ぶ分子から呼吸鎖へ渡された電子は、タンパク質の間を次々に移動し、最後に酸素へ渡されます。呼吸鎖はこの電子の移動で得られるエネルギーを使い、プロトンをミトコンドリアの内側から外側へ運びます。こうして内膜の両側にプロトンの濃度差と電圧差が作られます。
外側に蓄えられたプロトンは、ATP合成酵素を通って内側へ戻ります。ATP合成酵素は、この流れを受けて中心部分が回転する分子サイズの回転モーターです。その回転を利用して、ADPとリン酸からATPを合成します。つまり、プロトンの偏りとして蓄えられたエネルギーが回転運動を経てATPの化学エネルギーへ変換されます。1997年には、ATP合成酵素の一部が回転する様子が単一分子の実験で直接観察されました(文献2)。
プロトンの偏りをつくる方法の一つに光を使う方法があります。植物や藻類の光合成では、葉緑体のチラコイド膜にあるタンパク質が光を吸収し、そのエネルギーを使って電子を移動させます(図2B)。この一連の反応によってチラコイド膜の内側にプロトンが蓄積します。プロトンがATP合成酵素を通って外側へ戻るとき、そのエネルギーを利用してATPが合成されます。ミトコンドリアでは食べ物、葉緑体では光がエネルギーの出発点ですが、どちらも膜を隔てたプロトンの偏りを介してATPを作ります。

光を使うもう一つの例が、微生物のバクテリオロドプシンです。このタンパク質は光を吸収すると、プロトンを膜の片側から反対側へ運びます。これは、電気を使って水をダムの上流へ汲み上げることに似ています。汲み上げた水が流れ落ちるときに水車を回せるように、膜の片側に蓄えられたプロトンも、ATP合成酵素を通って戻るときにATP合成を駆動できます。バクテリオロドプシンとATP合成酵素を人工の膜小胞に組み込み、光を当ててATPを合成させた実験はこの仕組みを示しています(図3)(文献3)。

近年は、エネルギー変換を担うタンパク質が働く途中でどのような形をとるか、また細胞中での集合状態も調べられています。2024年には、凍結した細胞のミトコンドリアを電子線で観察し、ATP合成酵素の中心軸が異なる回転位置にある構造が捉えられました(文献4)。また2023~2024年には、光合成で水から酸素をつくるタンパク質について、光を当てた後の構造変化がX線を用いて調べられました(文献6、7)。こうした分子の「途中の姿」は、生命がエネルギーを変換する仕組みを理解する手がかりになります。
一方、2026年にはウシの心臓のミトコンドリアから取り出した膜をクライオ電子顕微鏡で調べ、呼吸鎖のタンパク質やATP合成酵素がそれぞれ複数集まった姿が明らかになりました(文献5)。エネルギー変換を理解するには、一つひとつのタンパク質の働きに加え、膜の中での配置を調べることも大切です。
■科学的・社会的意義 呼吸、光合成、微生物による光の利用は、エネルギーの入口こそ異なりますが、膜を隔てたプロトンの電気化学ポテンシャル差を作り、利用するという共通の原理をもちます。その各段階を担うタンパク質が、どのように光を受け取り、プロトンを運び、回転してATPを合成するのか。生物物理学は、分子の構造、動き、プロトンなどのイオンの流れ(電流)などを測ることで、生命を支えるエネルギー変換の仕組みを明らかにします。
■参考文献
1. Jagendorf, A. T. and Uribe, E. “ATP formation caused by acid-base transition of spinach chloroplasts.” Proceedings of the National Academy of Sciences USA 55, 170–177 (1966). DOI: 10.1073/pnas.55.1.170
2. Noji, H., Yasuda, R., Yoshida, M. and Kinosita, K. Jr. “Direct observation of the rotation of F₁-ATPase.” Nature 386, 299–302 (1997). DOI: 10.1038/386299a0
3. Berhanu, S., Ueda, T. and Kuruma, Y. “Artificial photosynthetic cell producing energy for protein synthesis.” Nature Communications 10, 1325 (2019). DOI: 10.1038/s41467-019-09147-4
4. Dietrich, L. et al. “In situ structure and rotary states of mitochondrial ATP synthase in whole Polytomella cells.” Science 385, 1086–1090 (2024). DOI: 10.1126/science.adp4640
5. Nakano A, et al. “Structures of respiratory supercomplexes and ATP synthase oligomers in mammalian mitochondrial inner membrane.”
Nat Commun. 2026 Mar 17;17(1):4075. doi: 10.1038/s41467-026-70578-x.
6. Bhowmick, A. et al. “Structural evidence for intermediates during O₂ formation in photosystem II.” Nature 617, 629–636 (2023). DOI: 10.1038/s41586-023-06038-z
7. Li, H. et al. “Oxygen-evolving photosystem II structures during S₁–S₂–S₃ transitions.” Nature 626, 670–677 (2024). DOI: 10.1038/s41586-023-06987-5
R8年度分野別専門委員
名古屋工業大学・工学研究科・生命応用化学専攻
角田 聡(つのだ さとし)
