一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

生体リズム

「天体の動きに合わせて生物が奏でるリズムの起源に迫る」

■背景 地球の自転に伴い繰り返される昼夜の環境変化と調和するために、生物が自らの生命活動を約24時間周期でリズミックに変化させる仕組みのことを生物時計(より専門的には概日時計)と呼びます。生物時計は動物、植物、そして微生物と多種多様な生物種に存在していますが(図1)、これらの生物はどのような部品(遺伝子、タンパク質)を使い、そしてどのようにして24時間の時を計っているのでしょうか?

図1 多様な生物種にみられる生物時計
およそ30億年前に誕生したシアノバクテリア(緑色)は生物時計を獲得した最初の生物と考えられていますが、はたしてそれがいつなのかは今後の検証が待たれます。

図2 タンパク質の化学反応が時を計る
シアノバクテリアの生物時計は3種類のタンパク質(KaiA、KaiB、KaiC)から構成され、これらのタンパク質とアデノシン三リン酸(ATP)を混合すると、試験管の中に24時間周期のリズムが再構成されます。中でも、KaiCのATPを加水分解と共役した構造変化が24時間の遅さを生み出すのに重要な役目を果たしています。

■研究概要 光合成を行う微生物であるシアノバクテリアは、現在までのところ生物時計の実体が明らかにされたただ一つの生物種です。これまでの研究を通じて、24時間のリズムを生み出す主要な因子が時計タンパク質KaiCの中にデザインされていることが明らかとなりつつあります。KaiCは微生物にしか存在しないため、この知見を他の生物種にそのまま適用することはできませんが、KaiCと類似の機構を持ったタンパク質が形を変えて存在しているのかもしれません。

■科学的・社会的意義 周期的に変動する環境下において、生物時計の存在は生存競争を勝ち抜く上で有利に働きます。その意味では、生物時計研究は進化や多様性といった生物の本質を理解する上で重要だと言えます。また体内リズムの乱れは睡眠障害やうつ病などの発症と密接に関わっています。生物時計の仕組みを解明し、巧みに制御することができれば病気の予防につながると期待されます。

■参考文献 1)石田直理雄、本間研一. 時間生物学辞典
2)向山厚、阿部淳、孫世永、秋山修志. (2015) "タンパク質の化学反応が細胞内の時を計る" 実験医学 33, 3119-3122.
3)Abe J. et al. (2015). "Atomic-scale origins of slowness in the cyanobacterial circadian clock" Science 349, 312-316.

■良く使用する材料・機器 1) 実験試薬 (富士フィルム和光純薬株式会社)
2) 冷却CDDカメラ、生物発光測定装置(浜松ホトニクス)
3) 超高速液体クロマトグラフ(UHPLC)(株式会社日立ハイテクなど)

2024年分野別専門委員 福井県立大学・生物資源学部
向山厚 (むかいやまあつし)
https://sites.google.com/g.fpu.ac.jp/amukai/






 

「繰り返される営みは生命の息吹?」

■背景 私たちの身のまわりに散見するリズミックな現象─携帯電話のバイブレーターの振動、昆虫の飛翔、メトロノーム、脈拍、獅子脅し、潮汐、地球の自転・・・、より広い意味では生物の生死もまた次世代への受け継ぎというリズミックな現象と考えることができます。一般的な化学反応が一度きりであるのに対し、繰り返し起こる反応や現象は生命の息吹を感じさせます。生物の示すリズミックな現象には周期の短いものから長いものまで多様ですが、繰り返される動作とその周期はどのような因子によって決定づけられているのでしょうか?ここでは、生物時計の奏でる約24時間(概日)周期の生体リズムを紹介します。



図1 シアノバクテリアのタンパク質時計の3大不思議

■研究概要 地球に生息する生物の多くは,昼夜の環境サイクルに適応するべく、長い進化の過程で生物時計(概日時計)を獲得したと考えられています。時計機能を有する遺伝子やタンパク質分子が複数の生物種で同定されており、それら分子の形状変化や相互作用によって、細胞や組織の時刻情報が維持・調整されていると考えられています。生体リズムのひとつに分類される生物時計は、次にあげられるような3つの性質を備えています。

1)自由継続性:外部刺激や信号のない恒常的条件でも24時間周期で自律的に発信する。
2)温度補償性:時計の振動数(周期の逆数)がほぼ温度の影響を受けない。
3)同調性:光や温度などの刺激に応答し、時計の位相を外界と同調させることができる。

■科学的・社会的意義 生物時計の有無それ自体は生物の生死に直結しているわけではありません。しかし、渡航もしくは帰国直後の時差ボケを思い出していただければ、生物時計に支障が生じると生活の質が著しく低下することは想像に難くないはずです。生物時計の奏でるリズムを理解して巧みに制御することができれば、生活の質を向上させるだけでなく、病気や疾患の予防にも繋がると期待されています。

■参考文献 1)石田真理雄,本間研一. 時間生物学辞典
2)秋山 修志,近藤 孝男. (2011). “KaiCタンパク質による概日時間” 細胞工学 30, 1269-1276.
3)秋山 修志, 向山 厚. (2011) “時計タンパク質KaiCの概日性分子鼓動” 実験医学 29, 1281-1284.
4)Akiyama S. (2012) “Structural and dynamic aspects of protein clocks: How can they be so slow and stable?” Cellular and Molecular Life Sciences 69, 2147-2160.

■良く使用する材料・機器 1) 実験試薬 (和光純薬株式会社
2) 冷却CCDカメラ,生物発光測定装置 (浜松ホトニクス株式会社)
3) 分光蛍光光度計 (日立ハイテクなど)

H24年度分野別専門委員
自然科学研究機構 分子科学研究所
秋山修志 (あきやましゅうじ)
https://bms.ims.ac.jp/AkiyamaG/index.html