一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

発生

「からだの右と左はどうやって決まる?: 左右軸決定のメカニズム」

■背景
たった1つの細胞である受精卵が分裂を繰り返し、さまざまな種類の細胞へと分化することで私たちの体は形成されます。しかし、その過程にはいまだ未解明な点が多く残されています。このページでは、その一例として左右軸決定のメカニズムについて紹介します。心臓が左にあり、肝臓が右にあるように、私たちの体の内臓は左右非対称に配置されています。このような内臓の左右非対称性はどのように生まれるのでしょうか?

受精卵が発生していくと、まず背腹の非対称性 (背腹軸) が生じ、その後に頭尾の非対称性 (頭尾軸) が生じることが知られています。そして、ヒトでは発生第3週に、マウスでは妊娠7.5日目に左右の対称性が初めて破られ、左右非対称なシグナルカスケードが活性化することにより左右非対称な臓器形成が進んでゆくことが知られています。

左右軸決定について、2000年前後に驚くべき発見が相次ぎました。まず、マウスの初期胚で左側だけに発現する遺伝子が存在することが明らかになりました (文献1など)。また別の研究者によって、マウス初期胚に一過的に生じる「ノード」という部位の細胞には「繊毛」という小さな毛が生えており、左右軸決定に重要なはたらきを持つこと、さらに「ノード流」と呼ばれる左向きの流れが存在することが報告されました (文献2)。とくに、マウス初期胚に人工的な流れを与えると、その流れの下流側が「左」になるという驚くべき結果が報告されました (文献3)。さらにその後の研究により、ノードの周縁部に存在する繊毛がノード流を感知することで左右軸を決定していることが明らかになりました (文献4)。



図1 A: マウスの7.5日胚の写真。青色で示したのは、この時期に左側特異的に発現することが知られているNodal遺伝子のmRNA。胚の “腹” の中央あたりに存在するのがノードという部位。B: 超解像顕微鏡で撮影したノード。くぼみには赤色や緑色で示した繊毛が生えており、とくに緑色で示した繊毛が流れを感知していることを明らかにした。C: ノードの繊毛は腹側の曲げのみを感知することが出来るため、左向きのノード流の下流側 (左側) の繊毛だけが活性化されることにより、左側特異的なシグナルカスケードが活性化されることが解った。

■研究概要
繊毛はどのようにノード流の流れの向きを感知して左右軸を決定しているのでしょうか? 私たちは、「光ピンセット」と呼ばれる光を用いた顕微操作技術を応用することで (文献5)、世界で初めてノードの繊毛を直接「触る」ことに成功しました。その結果、ノードの繊毛は「曲げられる向き」を感知できることを明らかにしました (文献6)。繊毛は、ノード流による「力学的」な力を受信する細胞のアンテナだったのです。

さらに、誘導放出抑制顕微鏡法 (STED) という超解像顕微鏡を用いることにより、繊毛表面に存在するタンパク質の「位置」が、曲げられる方向の感知に重要であることを明らかにしました (文献7)。

これらの一連の研究により、発生過程で左右の非対称性がどのように決まるのか、特に「左向きノード流」の流れの「向き」を繊毛という細胞のアンテナが感知し、その下流側 (左側) だけでシグナルが活性化することで最初の左右の対称性の破れが生じる、という仕組みが明らかになってきました (図1、文献8)。

現在は、開発した光ピンセットを用いた顕微操作技術を初期胚や繊毛以外の対象にも応用するとともに、ノード以外の繊毛と生体機能の関係についての研究も進めています。

■科学的・社会的意義
発生過程の異常は疾患と密接に関連するだけでなく、発生のメカニズムを理解することは私たちがどのように形づくられているのかという生命の根幹を理解することにもつながります。とくに、生物物理学分野の研究者がこうした生物学的課題に物理的な視点・技術から挑むことで、これまで未解明であったさまざまな発生生物学的問題が今後解き明かされてゆくことが期待されます。

■参考文献
1)Meno, C., et al. (1996). "Left–right asymmetric expression of the TGFβ-family member lefty in mouse embryos." Nature 381: 151-55.
2)Nonaka, S., et al. (1998). "Randomization of Left–Right Asymmetry due to Loss of Nodal Cilia Generating Leftward Flow of Extraembryonic Fluid in Mice Lacking KIF3B Motor Protein." Cell 95(6): 829-837.
3)Nonaka, S., et al. (2002). "Determination of left-right patterning of the mouse embryo by artificial nodal flow." Nature 418(6893): 96-9.
4)Yoshiba, S., et al. (2012). "Cilia at the Node of Mouse Embryos Sense Fluid Flow for Left-Right Determination via Pkd2." Science 338(6104): 226-231.
5)Katoh, T.A., et al. (2018). "Three-dimensional tracking of microbeads attached to the tip of single isolated tracheal cilia beating under external load." Sci. Rep. 8(1): 15562.
6)Katoh, T.A., et al. (2023). "Immotile cilia mechanically sense the direction of fluid flow for left-right determination." Science 379(6627): 66-71.
7)Katoh, T.A., et al. (2025). "BMP4 regulates asymmetric Pkd2 distribution in mouse nodal immotile cilia and ciliary mechanosensing required for left–right determination." Dev. Dyn. 254(8): 965-78.
8)Katoh, T.A., et al. (2024). "Function of nodal cilia in left-right determination: Mechanical regulation in initiation of symmetry breaking." Biophys. Physicobiol. 21(3): e210018.

■良く使用する材料・機器
1) 自作の顕微鏡システム IX83、UPLSAPO60XW、UPLAPO100XOHR(株式会社エビデント)と顕微鏡部品 (ソーラボジャパン株式会社)、光学フィルター (クロマテクノロジジャパン)
2) 共焦点顕微鏡システム AX R with NSPARC (株式会社ニコン)
3) 超解像顕微鏡システム Abberior INFINITY (日本カンタム・デザイン株式会社扱い)
4) 冷却qCMOSカメラ オルカ Quest2 (浜松ホトニクス株式会社)
5) 冷却EMCCDカメラ iXon Ultra 888 (オックスフォード・インストゥルメンツ株式会社)


R8年度分野別専門委員
東京大学・大学院医学系研究科
加藤孝信 (かとうたかのぶ)
https://sites.google.com/view/katoh