タンパク質合成
「タンパク質合成反応を司る分子間の機能的相互作用」
■背景
タンパク質は、遺伝物質であるDNAに書かれている情報に基づいてアミノ酸が鎖状に連なった分子です。タンパク質は、細胞内の反応を触媒する、形を決める、動きを制御するなど様々な働きをしています。また、細胞の約半分はタンパク質でできています。このようにタンパク質は生物にとって非常に重要な役割を果たしています。
では、タンパク質はどのようにしてできあがるのでしょうか。原核と真核細胞では、少々異なりますが、タンパク質合成反応に関わっている分子の多くは明らかになっています。例えば、大腸菌のタンパク質合成反応は約100種類の分子から構成されています。また、これらの分子は相互作用しながらタンパク質を作っています。では、どの程度相互作用しているのでしょうか?たくさんの分子があるから、それらがとても複雑に絡み合っているのでしょうか?
■研究概要
相互作用は直接的なものと間接的なものに分けることができます。直接的な相互作用の例としては、物理的に直接結合する2つの分子があげられます。間接的な相互作用の例としては、2種類の分子(AとB)が同じパートナー分子Cを取り合いしている状況があげられます。分子Aが沢山のパートナー分子Cと結合した場合、分子Bが結合できる分子Cは少なくなります。その時、AとBは直接結合していないのですが、間接的に互いの影響を受けます。ここで、この間接的な相互作用のことを機能的相互作用と呼ぶことにします。
これまでタンパク質合成反応の直接的・物理的相互作用は多く調べられてきました。一方、機能的相互作用については、ほとんどわかっていませんでした。タンパク質合成反応の最終合成産物であるタンパク質の合成能力は、どの程度の機能的な相互作用により決まっているのか。これを実験で明らかにしました。実験材料には、再構成型無細胞翻訳系PURE systemを用いました(参考文献1)。PURE systemは、タンパク質合成反応に必須の69種類の分子を全て単離精製し、これを試験管で再構成したものです(図1)。全ての成分濃度を変化させることが可能です。そこで、様々な濃度を変えた条件でタンパク質合成速度を測定しました。さらに数理解析により、機能的相互作用を定量することに成功しました。その結果、タンパク質合成活性の発現には2体相互作用までで十分であり、それ以上の相互作用は無視できることを示しました(参考文献2)。つまり、2種類の分子が同一のパートナーを取り合っていることはあっても3種類以上が取り合っている効果は無視できるほど小さいと言えます。
一見、とてつもなく複雑に見える分子システムも調べて見るとそれほど複雑な相互作用がなかったことになります。3体以上の相互作用が無視できるほど小さかったことは、タンパク質合成反応を人為的に制御する上でとても重要な性質です。つまり、制御が比較的容易であることを意味しています。実際、我々は無細胞翻訳系の合成活性を著しく向上させることにも成功しています(図1)。また、無細胞翻訳系を利用したタンパク質工学技術の開発などにも取り組んでいます(参考文献3)。
図1:無細胞翻訳系PURE systemで緑色蛍光タンパク質(GFP)を合成した結果。わずか数時間で非常に強い緑色が見えるほど大量のGFPがin vitro(試験管内)でされる。
■科学的・社会的意義 タンパク質合成反応の仕組みを理解するためには、個々の分子の性質だけでなく、分子集合体(分子システム)としての性質を知ることも必要です。一方、システムの性質を調べるとはどういうことでしょうか?我々は、「相互作用」を調べることでシステムとしての性質の一面を明らかにしました。このような新しい研究手法・解析手法を生み出すことにも生物物理は大きく貢献していると考えています。
■参考文献
1. Shimizu, Y.; Inoue, A.; Tomari, Y.; Suzuki, T.; Yokogawa, T.; Nishikawa, K.; Ueda, T., Cell-free translation reconstituted with purified components. Nat. Biotechnol. 2001, 19, (8), 751-5.
2. Matsuura, T.; Kazuta, Y.; Aita, T.; Adachi, J.; Yomo, T., Quantifying epistatic interactions among the components constituting the protein translation system. Mol Syst Biol 2009, 5, 297.
3. Fujii, S.; Matsuura, T.; Sunami, T.; Kazuta, Y.; Yomo, T., In vitro evolution of alpha-hemolysin using a liposome display. Proc Natl Acad Sci U S A 2013.
■良く使用する材料・機器
1) リアルタイムPCRシステム Mx3005P (アジレント)
2) 実験試薬 (和光純薬株式会社)
H25年度分野別専門委員
大阪大学 大学院工学研究科生命先端工学専攻
松浦 友亮 (まつうらともあき)
https://www.bio.eng.osaka-u.ac.jp/ez/index.html