X線結晶解析
「タンパク質の働きをX線で撮る―病気の理解と薬づくりへ」
■背景
タンパク質は私たちヒトを始め生物の体の中で生命維持に関わる重要な働きをしており、その機能は立体構造と深く結びついています。しかし、その大きさはナノメートル程度と非常に小さく、原子の配置は通常の光学顕微鏡で直接見ることはできません。X線結晶構造解析では、タンパク質の結晶にX線を当てて生じる回折像を解析することで、原子レベルで立体構造を明らかにします。
従来の結晶回折測定では、X線による損傷を抑え、結晶を安定に保つため、試料を約100 K(-173℃)まで冷却する方法が広く用いられてきました。しかし、この温度ではタンパク質が生体内でとりやすい形や構造が変化する様子を捉えることは困難です。タンパク質がどのように働くかを理解するには、安定した一つの構造を調べるだけでなく、室温で現れる構造の多様性や、反応に伴って構造が変化する過程を捉えることが重要です。

図1 結晶と回折像からの立体構造
■研究概要
室温で測定するには、タンパク質結晶に含まれる水分を保ちながら、X線損傷の影響を小さくする必要があります。大型放射光施設SPring-8にて、調湿したガスを結晶に当てて乾燥を防ぐ方法(HAG法、文献1)や、多数の微結晶からデータを集めることで放射線損傷を低減する方法が開発され、これらを組み合わせて室温でも高精度のデータを得ることができるようになりました(文献2)。このデータを解析すると、低温ではみられなかった複数の構造(構造多形)が確認されることがあります。これはタンパク質が取り得る構造の幅を示唆し、「ゆらぎ」を理解する手掛かりになります。
また、タンパク質が変化する過程を観察するには、光の照射や基質の混合などによってタンパク質の反応を開始する必要があります。また、X線自由電子レーザー施設SACLAが発生する非常に短く強いX線と反応開始法を組み合わせると、素早く変化するタンパク質の動きを捉えることができます。例えば、光を受けて機能するタンパク質の構造変化や、酵素内部の化学反応など様々なタンパク質が働く様子を「動画」として、捉えられるようになりました(文献3)。
また、私たちは最近、東北大学キャンパス内に設立された放射光施設NanoTerasuにて、タンパク質結晶構造解析実験ステーションMX-ESの運用を始めました(文献4)。凍結結晶の高精度・高効率測定を確立するとともに、室温測定などのタンパク質の動きを捉える測定法への発展を目指しています。

図2 極低温、室温、時分割X線結晶構造解析の関係。極低温測定では安定した構造を高精度に捉え、室温測定では構造の多様性やゆらぎを調べる。時分割測定では、反応開始後の構造変化を時間順に追跡する。

図3 NanoTerasuのタンパク質結晶構造解析実験ステーションMX-ES
■科学的・社会的意義 X線結晶解析における極低温測定、室温測定、時分割測定は、それぞれ異なる構造情報を与えます。極低温測定は精密な構造を、室温測定はタンパク質が取り得る構造の広がりを、時分割測定はそれらの構造が現れる順序を明らかにします。これらを組み合わせることで、酵素反応、光受容、物質輸送などの仕組みを、静止した形ではなく動的な過程として理解できます。また、タンパク質が一時的につくるくぼみや反応途中の構造は、新しい薬の結合部位を見つける手掛かりにもなります。生命科学ならびに創薬研究を支える研究基盤として、NanoTerasuをはじめとする大型放射光施設は重要な役割を担っています。
■参考文献
1)Baba, S., Hoshino, T., Ito, L. & Kumasaka, T. Humidity control and hydrophilic glue coating applied to mounted protein crystals improves X-ray diffraction experiments. Acta Crystallogr. D 69, 1839–1849 (2013).
2)Hasegawa, K., Baba, S., Kawamura, T., Yamamoto, M. & Kumasaka, T. Evaluation of the data-collection strategy for room-temperature micro-crystallography studied by serial synchrotron rotation crystallography combined with the humid air and glue-coating method. Acta Crystallogr. D 77, 300–312 (2021).
3)Nango, E. et al. A three-dimensional movie of structural changes in bacteriorhodopsin. Science 354, 1552–1557 (2016).
4)Yamada, Y. et al. A new macromolecular crystallography endstation at NanoTerasu for accelerating structural biology and drug discovery. Acta Crystallogr. D 82, 23–29 (2026).
■良く使用する材料・機器
1) 結晶化プレート、結晶マウント用ループ(ワケンビーテック、スクラム)
2) 実験試薬(和光純薬株式会社)
3) 実体顕微鏡SZX16 (オリンパス)
4) デジタルマイクロスコープ KH8700(Hirox)
5) 放射光X線(SPring-8/NanoTerasuなど)
6) X線自由電子レーザー(SACLAなど)
R8年度分野別専門委員
東北大学 多元物質科学研究所/国際放射光イノベーション・スマート研究センター
南後 恵理子(なんご えりこ)
https://www2.tagen.tohoku.ac.jp/lab/nango/html/index.html
R8年度分野別専門委員推薦
東北大学 国際放射光イノベーション・スマート研究センター/公益財団法人高輝度光科学研究センター
熊坂 崇(くまさか たかし)
https://www.sris.tohoku.ac.jp/researchers/kumasaka_takashi.html
