X線溶液散乱・回折
「躍動する生体高分子の姿形を観察し、その仕組みに迫る」
■背景 細胞の中でひしめき合うタンパク質や核酸、それらは姿形を変えつつ絶えず運動し、ときに相互作用を通じて他の分子と情報をやり取りします。代謝や光合成に代表される重要な生命活動は、このような生体高分子を介した情報の授受により制御されているわけですが、情報を伝える術、すなわち分子が変形して相互作用する仕組みについては未解明な点が多く残されています。動きに満ちた生体高分子の姿形を調べるにはどのようにすれば良いのでしょうか?あるタンパク質分子の構造を調べる場合を想定してみましょう。
図1 生体高分子のX線溶液散乱
■研究概要
タンパク質分子の構造を調べる手段は様々ですが、結晶構造解析は原子分解能に迫る情報が得られるとても強力な手法です。この手法の一番難しいところは結晶を準備すること、すなわち、「分子と分子のあいだに自発的に作用する弱い引力」のみを頼りに、目的のタンパク質分子を3次元的に規則正しく整列させることです。分子を整列させることは、その運動を少なからず抑制することになりますので、ごく稀に、分子の本来の姿形を歪めてしまう可能性があります。また現在のところ、あらゆるタンパク質分子を結晶化させるような普遍的な技術や手法は確立されていません。
X線溶液散乱・回折は目的分子の結晶化を必要としません。水溶液中を漂うタンパク質分子にX線を照射すると、X線は分子と相互作用し、その結果が散乱X線として検出器上に映し出されます(図1)。レンズを使った光学顕微鏡と違って分子の形が検出器上で視認できるわけではありませんが、計算機を使って散乱X線強度の角度分布を解析することにより分子の形状を推測することができます。この方法で得られる構造情報は結晶構造解析ほど高精細(高分解能)なものではありませんが、より生理的な環境下で分子の形を調べることができ、また形状の時間変化をリアルタイムで追跡することもできます。
このように、X線溶液散乱・回折と結晶構造解析は互いの長所を生かし、かつ短所を補い合う関係にあります。結晶構造解析に限らず、X線溶液散乱・回折を他の研究ツールと相補的に利用することで、生体高分子の機能がより深く理解できるようになりつつあります。
■科学的・社会的意義 X線溶液散乱・回折は非晶質試料の構造解析に無くてはならない存在であると同時に、他の手法との相補的利用によって適用範囲や可能性が大きく広がる手法です。躍動する生体高分子の姿形を描き出すことは、生命に関する学問的理解を深めるだけでなく、病気や疾患と関連した分子の構造や運動の特定に繋がるものと期待されます。
■参考文献
1)秋山 修志. (2010). “X線小角散乱でナノ空間を照らし出す” 現代化学 468, 54-58.
2)Akiyama S. (2010). “Quality control of protein standards for molecular mass determinations by small-angle X-ray scattering” Journal of Applied Crystallography 43, 237-243.
3)Akiyama S., Hikima T. (2011) “Octuple Cuvette for Small-angle X-ray Solution Scattering” Journal of Applied Crystallography 44, 1294-1296.
■良く使用する材料・機器
1) 実験試薬 (和光純薬株式会社)
2) 冷却CCDカメラ (浜松ホトニクス株式会社)
3) 大型放射光施設(SPring-8、PFなど)
4) 小角散乱測定装置(RIGAKUなど)
H24年度分野別専門委員
自然科学研究機構 分子科学研究所
秋山修志 (あきやましゅうじ)
https://bms.ims.ac.jp/AkiyamaG/index.html