中性子回折・散乱
「かたちや動きからタンパク質の働きを知る」
キーワード:構造、ダイナミクス、
■背景 私たちがスポーツをして体を動かすのと同じように、タンパク質もそのかたちを巧みに動かすことで私たちの体の中で働いています。この動きは、ナノメートル(10億分の1メートル)ととても小さく、しかもそのスピードはピコ~ナノ秒(10億~1兆分の1秒)と速いので、目で確かめることができません。
図1 タンパク質はある温度で、ガラスのように固い構造からゴムボールのような柔らかい構造に変化します。この柔らかい構造がタンパク質の機能に重要だと考えられています。
■研究概要 中性子は原子を構成する素粒子の一つで、通常は原子の中にありますが、原子炉や加速器を使って原子から取り出すことができます。取り出した中性子をタンパク質に当てて、跳ね返ってきた方向やそのスピードを調べることでタンパク質のかたちや動きを知ることができます(文献1)。かたちや動きを調べることで見えてきたタンパク質の柔らかさは、生物ではない普通の物質とあまり変わらないために、タンパク質の柔らかさがどのように生物の機能に関わっているのかが謎でした。研究を進めていく中で、タンパク質の物理的な性質が生物の機能を制御していることが分かりつつあります(図1、文献2)。
■科学的・社会的意義 中性子を使えば、タンパク質などの生体分子だけでなく生体中の水も良く見ることができます(文献3)。タンパク質や水の物理的な特徴を中性子で調べ、生物の体の中で起こっている生命現象を理解しようという研究は、物理と生物の境界にある研究領域で、まさに生物物理学ならではの研究であるといえるでしょう。
■参考文献
1)M. Kataoka and H. Nakagawa, “Protein Dynamics Studied by Neutron Incoherent Scattering”, Neutrons in Soft Matter, John Wiley, 517-538 (2011)
2)H. Nakagawa and M. Kataoka, “Percolation of Hydration Water as a Control of Protein Dynamics”, J.Phys.Soc.Jpn., 79, 083801 (2010)
3)M. Kataoka and H. Nakagawa, “Effect of Hydration on Protein Dynamics”, Water, The Forgotten Biological Molecule, Pan Stanford publishing, Singapore, pp.49-62 (2010)
■良く使用する材料・機器
1) 定常炉中性子[JRR-3研究炉] (日本原子力研究開発機構)
2) パルス中性子[J-PARC] (日本原子力研究開発機構)
3) 実験試薬 (和光純薬株式会社)
4) 安定同位体 (太陽日酸株式会社)
H24年度分野別専門委員
日本原子力研究開発機構・量子ビーム応用研究部門
中川洋 (なかがわひろし)