一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

1分子イメージング

「1分子の運動を高時間分解能追跡して、細胞がはたらく機構を解明する」

■背景 細胞の重要なはたらきの多くは、数個から数100個の分子からなる集合体が担っていることがわかってきました。細胞は、熱ゆらぎのエネルギーをうまく制御して、集合体ができた瞬間だけはたらかせてすぐにバラバラにしたり、数個の集まりをユニットとして、より大きな集合体を効率的に形成/分解したりしているようです。興味ある分子が細胞内でどのように動いているかを、1分子ずつ追いかけることができたら、これらの分子集合体がいつ、どこで作られ、どのようにはたらいているかを理解することができそうです。



図1 時間分解能1ミリ秒で追跡した、蛍光標識リガンドを結合したトランスフェリン受容体の2秒間の1分子運動。軌跡はコンパートメントごとに色分けしてある。



図2 細胞膜分子に対する運動制御機構の例。膜貫通型タンパク質が、主にアクチン線維からなる膜骨格の網目に衝突することによって運動を囲い込まれる、膜骨格「フェンス」モデルと、膜骨格の網目に沿って立ち並んだ(アンカーされた)膜貫通型タンパク質が拡散障壁としてはたらくアンカード膜タンパク質「ピケット」モデル。



図3 3色同時(3種分子同時)1分子イメージング顕微鏡の開発

■研究概要 細胞膜は、細胞内外の環境を隔てるだけでなく、外部からの情報を内部へ伝えたり、物質輸送をおこなったり、外来異物を識別する免疫反応に関わったりと、いろいろな役目を担っています。このようなはたらきのためには、細胞膜の特定の場所に、正しいタイミングで、そのはたらきに必要な膜分子(タンパク質や脂質)を集めることが重要です。細胞がこのような制御をどのようにおこなっているかを調べるために、私たちは、「生きた細胞中」で、特定の膜分子を「1分子ずつ」、金コロイド微粒子や蛍光分子で標識し、その運動を追跡する顕微鏡技術、特に、最高25マイクロ秒の「高時間分解能で」追跡する技術を開発してきました(図1)。それにより、これまでに以下の発見がもたらされました。
(1)細胞膜は単純な液体ではなく、主にアクチン線維で構成される網目状の「膜骨格」によって、サイズが100ナノメートル程度のコンパートメントに仕切られていて、膜分子はこれらの領域間を1-50ミリ秒ごとに飛び移って(ホップして)拡散している(図2,文献1, 2)。膜分子が集まると、ホップ頻度が大きく減少するため、細胞膜上でのシグナル受容位置が記憶され、それを利用して極性のある細胞応答を誘導しているようである。
(2)細胞機能から考えるとはるかに短い寿命(10-300ミリ秒)をもつ、3個以上の膜分子からなる分子集合体が、細胞膜上で起こるシグナル伝達の多くの素過程を担っている。

■科学的・社会的意義 以上の研究と発見は、「生細胞中」で「1分子」を「高時間分解能」で追跡することではじめて可能になったものです。現在、3色同時(3種分子同時)1分子イメージング顕微鏡の開発(図3)など、これらの研究をさらに発展させる努力をしています。本研究により、生物が進化の過程で獲得してきた細胞のシグナル伝達系や、それによる細胞間情報ネットワークの「作動機構」と、それをはたらかせるための「基本的な戦略」を本質的に理解したいと考えています。

■参考文献 1. T. Fujiwara, K. Ritchie, H. Murakoshi, K. Jacobson, and A. Kusumi. Phospholipids undergo hop diffusion in compartmentalized cell membrane. J. Cell Biol. 157, 1071-1081 (2002).
2. A. Kusumi, T.K. Fujiwara, R. Chadda, M. Xie, T.A. Tsunoyama, Z. Kalay, R.S. Kasai, and K.G.N. Suzuki. Dynamic organizing principles of the plasma membrane that regulate signal transduction. Annu. Rev. Cell Dev. Biol. 28, 215-250 (2012).

■良く使用する材料・機器 1)倒立顕微鏡Ti-E (株式会社ニコン
2)倒立顕微鏡IX-70 (オリンパス株式会社
3)高感度カメラEB-CCD (浜松ホトニクス株式会社)
4)高速カメラ FASTCAM APX-RS (株式会社フォトロン)

H24年度分野別専門委員
京都大学・物質-細胞統合システム拠点
メゾバイオ1分子イメジングセンター
藤原敬宏 (ふじわらたかひろ)
https://www.cemi.icems.kyoto-u.ac.jp