音波・超音波
「音波で、細胞を、DNAを捕まえてみよう」
■背景 音波は、物質の間を伝搬する「波動」というエネルギーの一種で、光と同様に、物質との間の相互作用によって、吸収、反射、屈折などを行います。この「音波」が物質と相互作用する性質を利用して、超音波画像診断装置や超音波顕微鏡などのイメージング技術が発達しました。それだけではなく、超音波のエネルギーを巧みに利用することによって、細胞などの微粒子を空中で触らずに捕まえることもできるのです。
図1 超音波(定在波)が伝搬しているときの系内の運動エネルギー、位置(弾性)エネルギー、そしてこれらを足し合わせた系全体のエネルギーの空間分布。微粒子は、その体積に比例して、溶媒との密度比、弾性率比に応じて、どのように非接触力を受けるかが決まる。右は、実際に、超音波定在波を用いて粒径20μmのポリスチレン球を水中で集合、配列、移動させた例である。(文献1)
図2 500kHz超音波の定在波中で、エタノール沈殿条件下でのDNA濃縮実験。超音波照射開始30秒程度で、小さなDNAクラスターが音圧の節に集まり始め、その後、Bjerknes力(互いに粒径の違いで変位振幅が違うことでぶつかって巨大化する現象)によって、3分後には巨大なクラスターができる(左:位相差顕微鏡像、右:画像処理によってイメージを増強した写真)。また、超音波と聞くと、DNA切断などの損傷があるのではと危惧するかもしれないが、キャビテーションが発生しない脱気水を用いた条件下では、電気泳動の結果(照射前サンプル(Before)と照射後サンプル(After)の比較)からもフラグメント化は起きていないことがわかる(文献2)。
■研究概要
どのような仕組みで、音波のエネルギーは、物質を捕獲することができるのでしょうか。この鍵は、音波が、これを伝搬する媒質に与える「変位(運動エネルギー)」と「圧力(弾性エネルギー)」の空間分布と、単位時間当たりの系全体の仕事による損失を最小にしようとして系内の物質が動く性質です。たとえば、定在波が発生するとき、音圧の節の位置と変位の節の位置は、互いに相手の腹の位置となります。そのとき、この音場の中に置かれた微粒子は、それぞれの場所で、媒質に対して「より堅いか(弾性エネルギーの消費)」「より重いか(運動エネルギーの消費)」によって、仕事が最小となる場所に局在しようとします(たとえばポリスチレン微粒子は音圧の節に集まりますが、気泡は音圧の腹に集まります)(図1、文献1)。このように、系内にエネルギーの分布を作り出せば、直接触らなくても、希望するように微粒子を場のパターンに応じて捕獲することができるのです。
この技術を使えば、細胞だけでなくエタノール沈殿条件下のDNAも塊として非接触で捕獲回収することが可能です(図2、文献2)。また、微粒子を配列・移動させたりあるいは配向させたり、回転させたり、撹拌させたりとさまざまなハンドリングが可能となります。
■科学的・社会的意義 このように身近な物理法則を利用した一細胞レベルのハンドリング技術は、バイオ計測の世界だけでなく、膜フィルターを用いない透析濾過装置や、微量サンプルのサイトメトリー技術など、産業への応用も進められています。
■参考文献
1)樋口俊郎編「マイクロマシン技術総覧」(2003) III-3音場 p.529
2)Yasuda et al.: J. Acoust. Soc. Am. 99 (1996) 1248.
■良く使用する材料・機器
1) 倒立光学顕微鏡システム IX-70 (株式会社オリンパス)
2) 実験試薬 (和光純薬株式会社)
3) 冷却CCDカメラ オルカER (浜松ホトニクス株式会社)
H24年度分野別専門委員
東京医科歯科大学・生体材料工学研究所
安田賢二 (やすだ けんじ)