一般社団法人 日本生物物理学会(生物物理について)

合成生物学

「創ることで生命を理解する、知ることで生命を創りあげる」

■背景 生物はゲノムに記述された数千~数万もの遺伝子を読み込む(RNAやタンパク質を合成する)ことで自らを創りあげています。では触覚や羽といった他の生物の特徴が記述された遺伝子を他の生物に入れると触覚や羽が生えるのでしょうか。触覚や羽の遺伝子を試験管内で読み込むと触覚や羽が出現するのでしょうか。



図1 合成生物学の概要。(A)細胞の改変により生命の原理を探る研究。(B)試験管で生命を模倣することにより生命の理解を行う研究。



図2 人工細胞の中で生じるタンパク質の波。MinD、MinE、ATPという3種の物質がリン脂質で覆われた空間(人工細胞)内に閉じ込められることで生じる。この波は10時間以上持続する。図ではMinDを緑、MinEを赤によって色付けしている。上は膜面にそって時計のように回る波(移動波)。下は両端を振動するように行き来する波(極間振動波)。

■研究概要 このような問いに答え、実現することを目指す学問が合成生物学です(図1)。合成生物学には(1)生命のゲノムに情報足し引きしたり、書き換えることで生命の原理や設計法を探る細胞改変の立場と、(2)試験管内に生命から取り出したり合成されることで用意する生体分子を集め、人工細胞や生命の機能の一部を創り出す合成化学や生化学の立場の研究があります。たとえば、わたしたちは後者の立場で研究を行い、人工細胞の中で細胞と同様に分子の位置が波のように動くシステムの構築に成功しています(図2)。このような合成化学や生化学の立場から、生命の設計図や生命ならではの特徴、生命の起源まで多くのことの解明を目指した研究が行われています。細胞改変の研究も、医療応用から、環境浄化、生命を利用した新しい化学素材など、広範に研究が行われています。

■科学的・社会的意義 本研究は、生物に特殊な現象や生物の設計図を明らかにすると共に、物質と生命の違いが何かを明らかにするものです。このような研究により、物理で用いられるような唯物論の立場から生命を記述できるようになるだけでなく、我々の生活に役立つ新たなる生物材料の発明につながることが期待されます。

■参考文献 1)Yoshida, A., S. Kohyama, K. Fujwara, et al. (2019). "Regulation of spatiotemporal patterning in artificial cells by a defined protein expression system" Chem Sci 10:11064-11072.
2)Kohyama, S., N. Yoshinaga, M. Yanagisawa, K. Fujiwara, et al. (2019). Cell-sized confinement controls generation and stability of a protein wave for spatiotemporal regulation in cells" eLife 44591.
3)Akui, T., K. Fujiwara, et al. (2021) “System concentration shift as a regulator of transcription-translation system within liposomes” iScience 24(8), 102859
4)Deyama, T., Y. Matsui, Y. Chadani, Y. Sekine, N. Doi, K. Fujiwara. (2021) “Transcription-translation of Escherichia coli genome within artificial cells” Chem Commun 57, 10367-10370.
5)Takada, S., N. Yoshinaga, N. Doi, K. Fujiwara. (2022) “Mode selection mechanism in traveling and standing waves revealed by Min wave reconstituted in artificial cells” Sci Adv, 8, eabm8460

■良く使用する材料・機器 1) 蛍光顕微鏡システム AxioObserver Z1 (株式会社Zeiss)
2) 実験試薬 (ナカライテスク株式会社)
3) cMOSカメラ ORC FLASH4.0v2 (浜松ホトニクス株式会社)

R03年度分野別専門委員
慶應義塾大学・生命情報
藤原慶 (ふじわらけい)
http://user.keio.ac.jp/~kfujiwara/