生命情報工学
「AIで探るタンパク質の可能性」
■背景
タンパク質は生命を支える主役として、生体内で物質を運び、化学反応を進め、細胞同士の情報を伝えています。化学的にはタンパク質は主に20種類のアミノ酸をつないだ鎖で、その並び方(配列)が形や働きと深く関わっています。近年、自然界にもともと存在するタンパク質とは別に、AIが新たに生み出した配列から実際に働くタンパク質が作られるようになってきました。
生命情報工学は、DNAの配列やタンパク質の立体構造などのデータを、コンピュータや数学を使って調べ、生命の仕組みの理解や技術の開発につなげる分野です。私は、AIによる配列の提案と計算による評価を組み合わせ、自然界ではまだ知られていないタンパク質の探索に取り組んでいます。

図1 AIを用いたタンパク質設計の一般的な流れ(模式図)。候補を計算と実験で評価し、得られた結果を次の設計に反映させる。
■研究概要
文章をつくるAIが言葉のつながりを学んで新たに文章を書けるようになるのと同じように、すでに自然界に存在するタンパク質の配列や立体構造からアミノ酸の並び方の特徴を学んで、新しいタンパク質を生み出すAIが作られています。こうしたAIが提案した配列の一部は、実際に酵素として働くことが確かめられています(文献1)。また、最近の研究では、特定の化学反応を進めたり、人工的な化合物を分解したりする酵素をAIを用いて新たに設計し、実験でその働きを確かめた例も報告されています(文献2)。
こうした技術の土台には、2024年にノーベル化学賞の受賞研究となったAlphaFoldに代表される、立体構造予測の進歩があります(文献3)。ただ計算機の中でそれらしいタンパク質を作るだけでなく、配列の生成と立体構造の予測を組み合わせることで、多くの候補を計算機上で効率よく評価できるようになりました。ただし、もっともらしい形が予測されることと、目的の働きをすることは別の問題です。例えば、蛍光タンパク質に似た形が予測されても、本当に光るかは別に確かめる必要があります。
私は、AIに配列を提案させる条件や、構造を予測する方法を変え、候補の配列や評価がどう変わるかを比較しています。天然の配列にどのくらい似ているか、別の予測方法でも似た構造が得られるかなどを調べ、新しい候補を探す手がかりにします。新しい配列を得ることと、新しい機能を実現することを区別しながら、探索できる範囲を広げようとしています。
タンパク質は、水や周囲の分子と相互作用し、形を変えながら働きます。分子の安定性や動き、相手との結びつきといった物理的な性質を、アミノ酸配列や立体構造のデータと結びつけて考えることが、生物物理学との接点です。
■科学的・社会的意義
アミノ酸の組合せは膨大で、自然界で知られているタンパク質はその一部にすぎません。AIを使って自然界ではまだ知られていない配列を生成し調べることは、どのような配列から、どのような形や働きが生まれるのかを理解する助けになります。
探索する範囲を広げ候補を適切に評価できれば、既知の酵素の性能を高めたり、これまで利用してこなかった反応や物質に対応する分子を探したりできるだけでなく、分子ロボットのようなナノレベルでの新たなものづくりにも応用は広がります。計算機での設計・予測と、実験での実測を往復して知見を積み重ねることで、さらなる発展が見込まれます。
■参考文献
1)Madani, A. et al. (2023). Large language models generate functional protein sequences across diverse families. Nature Biotechnology 41, 1099–1106. https://doi.org/10.1038/s41587-022-01618-2
2)Wu, Z. et al. (2026). Designing enzymes for new-to-nature chemistry and non-natural substrates with AlphaProtein Novo. bioRxiv, version 1. https://doi.org/10.64898/2026.10.01.756017
3)Jumper, J. et al. (2021). Highly accurate protein structure prediction with AlphaFold. Nature 596, 583–589. https://doi.org/10.1038/s41586-021-03819-2
■良く使用する材料・機器
1)計算機(パソコン、GPUを搭載した計算サーバー、クラウド計算環境)
2)タンパク質の公開データベース(UniProt、Protein Data Bank)
3)配列解析・構造予測・データ解析ソフトウェア
2026年分野別専門委員
東北大学 大学院情報科学研究科
西 羽美(にし はふみ)
https://www.sb.ecei.tohoku.ac.jp/lab/
