「Rocking Out Biophysics!」
米国にて博士研究員としてタンパク質の分光研究に従事していた1993年のある日、私は、ボスや同僚との議論、実験の計画と実施、結果の解析という研究サイクルに熱中するなかで、この楽しさはいったいどこから来るのだろうと自問しました。私が気づいたことは、生物物理学の重要課題に知見を与える新しいデータが得られた時や、異なるバックグラウンドを持つ研究者が重要な課題をめぐって議論を行う時に、ワクワクする楽しさがあることです。私は「生物物理学が研究を面白くするのだ」と結論し、自分がこれから取り組む学問は生物物理学であると決心しました注1)。
2023年6月より2年間の任期で、私は本学会の会長を務めることになりました。私と一緒に、西坂崇之さんと坂内博子さんに副会長を務めていただきます。また、17人の新しい理事会メンバーも決まり、学会運営を一緒に担っていただきます。これから二年間、我々は本学会をさらに活性化させるべく力を尽くしたいと考えています。本学会の会員の皆様におかれましては、学会活動へのご協力を心からお願いするとともに、ご意見がありましたら、ぜひ我々にお伝えいただくようお願いしたく思います。
日本生物物理学会は「物理的科学の方法と生物的科学の融合による生命現象の基本的理解」を目的として、1960年に発足しました。それ以来、本学会は、物理、化学、生物学などの基礎をもつ研究者により、構造生物学、分子生物学、細胞生物学、生理学、物理化学、ソフトマター物理、情報科学、計算科学などの多くの分野と関わりながら、数々の成果を挙げてきました。現在、タンパク質や核酸などの構造や機能の多くが可視化されつつあります。細胞や組織レベルにおける生命現象を調べ、理解する方法論も開発されています。機能性生体高分子や人工細胞をデザインし作成しようとする試みや、大量データと機械学習を基にした研究方法の開発も進められています。本学会は、これらの最新の研究の進展を担う学会員の活動と交流の拠点となり、成果を発信する場となることを目指しています注2)。
本学会の会長として、私の第一の仕事は本学会の楽しい雰囲気を継承し、生物物理学のおもしろさを盛り上げることです。本学会の先輩方は、風通しのよい運営体制を構築し、ときには羽目を外して自由な議論を行う伝統を作ってきました。学生や若手研究者が元気であり、上下の関係なく議論ができること、研究者同士は「さん」づけで呼び合うこと、他分野からの参加をどんどん受け入れることなどの雰囲気は、本学会の会員が豊穣な成果を挙げる推進力となっています。私は本学会の楽しい雰囲気をさらに盛り上げたいと願っています。
私の第二の仕事は、学会の国際化をさらに進めることです。本学会の将来像として、私は年会や欧文誌が、海外の、特にアジア諸国のハブとして機能することが望ましいと考えています。幸い、本学会は年会の完全な英語化を他学会に先駆けて実施しています。また、会員の皆さんによるこれまでの海外との交流の結果として、学会に対する信頼感が蓄積されています。まずは、2024年に京都で開催されるIUPAB2024を大成功させることは、我々の最も大切なミッションです。私は、さらに本学会を国際化するための方向性を探りたいと思います。例えば、海外で年会が実施されてもいいかもしれません。あるいは、海外会員が理事会メンバーに任命されたり、海外会員の提案によるシンポジウムが普通に採択されてもいいはずだと思います。
第三に私が夢想しているのは、新しい出版事業の構築です。驚くことに、本学会が中心となった教科書の出版が20年以上途絶えています。これは残念なことであり、生物物理学の最新の進展を学ぼうとする若い学生の機会を減らしているとも思います。理事会や会員の皆さんとアイディアを出しあいながら、本学会において望ましい書籍の出版体制を考えたいと思います。
長かったコロナ禍が収束の方向にある時期に会長を拝命することについて、私は30年前と同じワクワクした気持ちを感じています。IUPAB2024のスローガンはRocking Out Biophysics!です。未知の研究者と出会い新しいトピックについて議論を行う最高の場所として、生物物理学の新しい伝統を作ることに、ぜひ皆様のご協力をお願いいたします注3)。
注1) | こういうことは留学前に考えておけとも思いますが、私は世界の研究者と交流したい、海外の研究の現場を体験したいという気持ちだけで渡米し、渡米後に初めて自分自身の将来について真剣に考えたのでした。 |
注2) | 生物物理学の現在と将来像について、本学会の60周年を記念して本学会を代表する研究者により開催された以下の座談会記事をぜひお読みください。私が「生物物理」誌の編集長を務めた際に、編集委員会の総力を挙げた企画です。 a)生物物理学を牽引する新技術, 安藤敏夫, 伊藤隆, 杉田有治, 南後恵理子, 安永卓,岡田康志, 神田元紀, 生物物理, 2021, 61, 111-118, https://doi.org/10.2142/biophys.61.111 b)広がる生物物理学の研究対象, 岡田眞里子, 津本浩平, 永井健治, 野地博行, 坂内博子, 須藤雄気, 柳澤実穂, 生物物理, 2021, 61, 256-264, https://doi.org/10.2142/biophys.61.256 c)生物物理学の概念と展望, 今井正幸, 古賀信康, 佐甲靖志, 原田慶恵, 古澤力, 澤井哲, 田口英樹, 生物物理, 2021, 61, 410-418, https://doi.org/10.2142/biophys.61.410 |
注3) | 前会長の野地さん、前副会長の佐甲さんと今田さんをはじめとする前理事会メンバーの皆さんに、心からの敬意を表します。前理事会においてIUPAB2024の方向性が定まり、学生会員の年会費の値下げや年会の開催体制の見直しなど、数々の改革が図られました。私たちも同じ方向性に従って活動する予定です。 |
2023年6月17日
髙橋聡
一般社団法人日本生物物理学会 会長
東北大学 多元物質科学研究所 教授